最大の敵は減量だった-。2度目の五輪で金メダル取りに挑む柔道男子66キロ級の海老沼匡(26=パーク24)。銅メダルに終わった12年のロンドン五輪から、さらに過酷になった11キロの減量を支えたのは、妻香菜さんだった。

 7月9日、スペインから帰国する夫を空港で待ちながら、妻は気をもんでいた。「70キロちょっとだといいんですけど。写真では結構いい(大きい)体をしてましたよね…」。香菜は外国勢との1週間の合宿期間中も、リオ五輪に向けた匡の体重調整が頭を巡る。SNSに投稿された上半身裸の写真では、少し太めに見えた。五輪へ通常より2週間ほど早い1カ月半前から減量計画は始まった。合宿で夫が家を空けようと、食べたものを報告してもらい把握するのが妻の仕事だ。

 ロンドン五輪後から、体重が最大の敵となった。当時は約7キロだった減量がいまは約11キロ。筋肉量の増加、年齢による代謝量の低下などが重なった。「減量も別にいまきつくなったわけじゃない」と匡は言い訳はしないが、文献などでは規定体重の5、6%が適当とされる減量幅が、約16%。サウナで倒れて救急車で運ばれたこともあった。ロンドンで金メダルを取れば、1つ上の73キロ級に階級変更する考えもあった。だが、取り逃がした頂点のためにいばらの道を選んだ。

 支えたのは香菜だった。女子63キロ級で世界ランク3位にいながら現役を引退。ケガが続いた競技人生にピリオドを打つと、14年12月に結婚し、サポート役に回った。定評のあった寝技の助言などもしたが、メインは食事管理。東北高時代は下宿暮らしで食事も得意、栄養学も学び、工夫をこらした。「サラダを多く作る。最初に食べておなかを満たさせてから、汁物。で、おかず。減量の時はご飯は夜食べないので、一口くらい。おかずを多めですね」。小さな黒板に直筆のメッセージを添える。少しでも楽しい食卓にするための工夫だ。

 結婚まで交際期間は9年に及んだ。匡の頭の中にあるのは常に柔道で、「頭おかしいんじゃないかと。『きついのを越えると楽しい』とか…」と、苦笑して交際当初を思い出すが、選手としての尊敬は募る。真面目一徹の男が殻を破ってプロポーズをしてくれたのも忘れられない。東京駅に横付けされた白いリムジン。「乗って」と促されると、「オレで良かったら結婚してください」と9年間で唯一のサプライズで、指輪と花束を贈られた。同居してさらに柔道一直線の生活を送る姿にも驚いたが、だからこそサポートも全力で。

 匡は言う。「オフをより充実させてくれるのが奥さん。いつも力が抜け、ひょうひょうとしている。オフが充実すればオンも良い状態になる。頑張る大きな理由です」。

 4年前のロンドン大会。3位に終わった直後に香菜にメールが入った。「負けちゃった。また次頑張ります」。短い文面に気持ちを悟った。返したのは「また4年後しっかり金メダルを取れるように互いに頑張ろう」。2人の雪辱の、悲願の舞台がやってくる。【阿部健吾】

 ◆海老沼匡(えびぬま・まさし)1990年(平2)2月15日、栃木県小山市生まれ。5歳から柔道を始める。私塾・講道学舎に入るため、小学校卒業後に上京。世田谷学園高-明大から12年春にパーク24入り。同年ロンドン五輪66キロ級銅メダル。世界選手権は11、13、14年と3連覇。得意技は背負い投げ。170センチ。

 ◆海老沼香菜(えびぬま・かな)1988年(昭63)4月25日、宮城県石巻市生まれ。旧姓は阿部。現役時代は東北高から三井住友海上に就職。13年世界選手権5位、同年グランドスラム東京優勝など。