3月29日、J2第4節。C大阪対横浜FC戦。ある事件が起こった。C大阪のDF染谷悠太(28)が横浜FCのFWカズ(48=三浦知良)と接触。染谷のスパイク裏のポイントがカズの左目の横に当たり、流血させてしまった。まさかの事態に染谷はうろたえた。しかし、カズは「彼も生活を懸けて試合をやっている」と優しく返した。

 カズの優しさが身に染みた。世間も、カズの紳士的な対応に心打たれたことだろう。染谷もその1人だった。「何かできる事はないか」と、感謝の気持ちから、横浜FCのクラブハウスへ手紙と花束を贈った。「なかなかできることじゃないよね」。カズはそう言ったそうだが、染谷もまた、なかなかできない事をさらりとできてしまう男だ。

 昨年12月。いわゆる“ストーブリーグ”の真っ最中。私が担当していたC大阪は、J2に降格してしまった。主力選手には、他クラブから続々とオファーが届いた。入社1年目、サッカー担当になって1カ月の私は、毎日のように真冬のクラブハウスへ足を運んだ。朝から晩まで、契約更改に臨む選手を待ち続けた。

 そんな年の暮れのある日のことだ。日もすっかり沈んだ19時ごろ。買ったばかりの「ホットミルクティー」がすぐに冷めてしまう寒さの中、1台の車が止まった。契約更改に臨む染谷だった。笑顔で「いってきます」とクラブハウスへ入っていった。

 いつ出てくるか分からない染谷を待つこと約1時間半。扉が開いた瞬間から満面の笑みで「来年も頑張ります! J1に昇格させます!」と意気込んだ。ホッとした瞬間「あ、でもちょっと待ってて下さい」と待っていた報道陣5人に向かって言い、再び中へ入ってしまった。5分後。出てきた染谷の手には、小さなスーパー袋。中には5本の「ホットのお茶」が入っていた。

 「ずっと待っててくださったんですよね、風邪ひかないようにしてください。こんな事しかできないけれど…」

 寒さでカタカタ震える私たちを見て、すぐに温かい飲み物を取りに行ってくれた。そのとき私も「なかなかできることじゃない」と思った。「優しい」「紳士的」。そういう言葉以上に熱い心を感じた。

 担当になったばかりの11月初めもそうだった。当時、J2降格圏内でチームは厳しく、苦しい状況。緊張しながら、最初にあいさつをしたのが染谷だった。「頑張ってね」。そう言われるかと思った。でも出てきた言葉は「これから一緒に頑張りましょう」だった。絶対に残留する、という強い意志がその一言ににじみ出ていた。

 染谷に温かいお茶をもらった事を、宮本前強化本部長に話した。宮本氏は「彼は、侍だからね」と答えた。相手を思うおとこ気、思うだけじゃなく行動に移すおとこ気。侍という言葉にしっくりきた。カズに花束と手紙を贈ったと聞いたときもやはり「侍だな」と感じた。

 C大阪は現在、優勝候補に挙げられながらもプレーオフ圏外に低迷。闘将アウトゥオリ監督のもと、試行錯誤の日々が続く。1年でのJ1復帰を果たすため。染谷は、侍のプライドを胸に、今日も体を張ってゴールを守る。【西日本サッカー担当=小杉舞】


 ◆小杉舞(こすぎ・まい)1990年(平2)6月21日、奈良市生まれ。大教大から14年入社。同年11月から西日本サッカー担当。甲子園売り子時代に培った体力には自信あり。