少し落ちくぼんだように見える目の奥には、ギラギラと力強い光が宿っていた。24日、さいたま市・大原サッカー場。浦和MF梅崎司(28)は、チームの全体練習が終わった後、居残りでピッチの外周を黙々と走っていた。

 初冬の冷たい風が、額ににじんだ汗をすぐに乾かす。黙々と周回を重ねる姿は、ほおがこけた横顔と相まって、減量中のボクサーのようでもあった。ようやく足を止め、ベンチに座って靴ひもをほどきだした梅崎に、私は問い掛けた。

 「ずっと気になってたんだけど、相当やせた?」。

 「そうなんですよ。3キロ減りました」。

 思わず、自分の腹回りに手をやった。不摂生を極める我々なら、3キロの増減はどうということはない。しかしもともと体脂肪率が10%前後の選手が、3キロ体重を落とすというのは、並大抵のことではない。

 梅崎は「疲れもたまる時期だし、少し前に体調も崩したので、気付いたら落ちちゃいました」と苦笑いした。しかしすぐに真顔になり「でも、意外と調子がいいんですよ」と続けた。

 「身体のキレもいい。スタミナが切れてしまうこともない。これでいいのかなと思ってます」。だから、減った体重をキープするためにも、居残りでランニングをするのだ。


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 チームは28日に、Jリーグチャンピオンシップの準決勝、G大阪戦を控えている。昨季終盤には、勝てば優勝の状況でホームに迎えながら、0-2と敗戦。その後、逆転優勝を許した因縁の相手だ。

 リベンジを懸けた試合を前に、選手たちは「普段通りに」「入れ込み過ぎないように」とコメントしていた。その中で、梅崎の言葉は異彩を放っていた。

 「先発でも途中出場でも『自分が試合を決める』という気持ちでやる。重圧がかかる試合ほど、最後は誰かが責任を追って、勝負を仕掛けないと勝てない」。

 ほおの肉がそげ落ち、逆に迫力を増した表情で言い放つ。言葉までもが、研ぎ澄まされて力を帯びたように感じた。

 そして「自分がやらないと」。この言葉が私に、7年前の事を思い出させた。


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 08年5月、初夏のフランス・グルノーブル。青空にアルプスが映える山あいの街を、私は訪れていた。グルノーブルをフランス1部昇格に導いたGM、祖母井秀隆氏の取材だった。

 クラブハウスでの仕事を終えた祖母井さんは「ご飯食べながら話をしましょう」と言った。そして現地で免許を取ったばかりの乗用車の助手席に、私を乗せて出発した。

 慣れた様子でラウンドアバウトをすり抜け、街中のレストランに着いた。祖母井さんお気に入りの、東南アジア料理の店だった。

 オーダーを済ませると、祖母井さんは「そういえば、梅崎くんと話したのもここだった」と言った。1年前。大分からレンタル移籍中の梅崎と面談をしたのが、この店だった。

 その席上で、20歳の梅崎は、大分に戻ることを決断したという。祖母井さんは「彼は『自分がやらないといけないんです』と言ってました」と振り返った。

 「欧州でプレーを続けるのは、彼の夢だったと思います。でもその日は『家族を養うためには、僕はどうしたらよいでしょうか』という話になったんです」。

 知られた話だが、梅崎が大分ユース加入のために故郷長崎を離れる時、梅崎家は母と弟との3人家族だった。それでも母は、本人の意思を尊重し、快く送り出してくれた。だからサッカー選手として成功し、恩返しをしたい。それが自らに課した使命だった。

 加えて、4歳年下の弟を進学させてやりたいとも思っていた。だから、たとえ若くても「家長」として稼がなければならなかった。

 移籍から半年。まだ1カ月ほどのレンタル期間を残していた。さらに完全移籍のオプションもあった。しかし当時2部のグルノーブルに、出場機会が少ないままとどまっては、家長の務めは果たせない。梅崎はそう考えていた。祖母井さんのアドバイスもあり、すぐにJリーグに戻るという結論になった。

 「あんなに若いのに、責任感があって、しっかりした男でした。彼は本当に素晴らしい人間です」。祖母井さんが遠い目をした時、食欲をそそるナムプラーの香りを先触れに、キッチンから料理が運ばれてきた。


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 「そうなんですか。祖母井さん、そんなことを言っていたんですね」。

 7年前の話に思いがけなく触れ、梅崎もまた遠い目をした。「確かに当時は、本当にガツガツしていたと思います」。大分をへて、浦和に加入。相次ぐケガに苦しみながらも、長く主力として活躍してきた。

 そして母には家をプレゼントし、弟も大学に進学させた。自分も結婚し、子どももできた。

 家長としての務めを、しっかりと果たしてきた。しかし梅崎は「当時とは少し気持ちが変わってしまったのも確か」と言った。

 「幸せに恵まれ、満たされたので『自分がやらないといけない』という気持ちが足りなくなった。リーグ戦の終盤に、ふとそれに気づいた。だから今は『自分がやらないと』って、自分に言い聞かせながらプレーするんです」。

 大一番のG大阪戦でも「自分が試合を決める」。強く言い放った裏には、こうした心境の変化があった。


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 悲願の年間優勝を目指して臨む、Jリーグチャンピオンシップ。スタンドを赤く染めるサポーターの期待は大きい。選手たちが感じる重圧は、リーグ戦とは比較にならないものになるだろう。

 ミスは許されない。選手によっては、いつもなら出せる勝負の縦パスを出せなくなる。ゴール近くでも、シュートよりパスを選択するかもしれない。

 組織力で、相手を押し込むことはできる。しかし重圧に打ち勝ち、試合を決する仕事ができるのは「自分がやらないと」という気概を持った選手だけだ。


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 梅崎は去り際「そうそう。3キロ減って、ちょうどプロ入り当時と同じくらいの体重になったんですよ」と言った。気持ちとともに、身体も原点に回帰した。「自分がやらないと」という責任感に満ちていた、プロ入り当時のように。

 武士然とした後ろ姿が、ロッカールームに消えていく。真っすぐな歩みは、大きな重圧を背負っても揺らぎそうにない。「大事な場面で、何か大きな仕事をする」という予感が、足跡のように取材エリアに残されていた。【塩畑大輔】




 ◆塩畑大輔(しおはた・だいすけ)1977年(昭52)4月2日、茨城県笠間市生まれ。東京ディズニーランドのキャスト時代に「舞浜河探検隊」の一員としてドラゴンボート日本選手権2連覇。02年日刊スポーツ新聞社に入社。プロ野球巨人担当カメラマン、サッカー担当記者、ゴルフ担当記者をへて、15年から再びサッカー担当。ラウンド取材で1日15~20キロを歩いていたゴルフ担当時代と比べ、体重が5キロ増えた。