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俊輔が日本を救った/W杯予選

中村俊は右足でチーム3点目のゴールを決める(撮影・たえ見朱実)
中村俊は右足でチーム3点目のゴールを決める(撮影・たえ見朱実)

<W杯アジア3次予選:日本3-0オマーン>◇2組◇2日◇日産スタジアム

 やっぱり俊輔が日本を救った。サッカー日本代表のMF中村俊輔(29=セルティック)が、得点力不足に苦しんでいた岡田ジャパンを立て直した。W杯3次予選第3戦のオマーン戦に右MFで出場し、1得点など2点に絡む活躍で、3-0の勝利に導いた。日本は勝ち点を6に伸ばし、4大会連続のW杯出場へ前進。岡田武史監督(51)率いる「新生日本代表」で、合流2戦目の俊輔が、早くもチームの中心になった。

 中村俊は見逃さなかった。前半22分、DF闘莉王が最終ラインから一気に前線へ駆け上がる。自陣右サイドでボールを受けた中村俊が、タイミングを計って自慢の左足を振り抜いた。40メートルのロングフィードが、走る闘莉王の頭に正確に届く。頭で落としたボールは詰めた大久保の足もとへ。あとはフリーの大久保が正確に決めるだけだった。

 リーダーとしての風格が、コメントに余裕をもたらした。「前めで難しいボールだったのに、あれをヘディングで落とせる闘莉王はすごい。大久保も連動していた。オレのボールじゃなく、闘莉王、大久保と3人が連動したから簡単にゴールが取れた」。中村俊は自らの40メートルフィードより、合流2戦目で仲間と連動できたことがうれしかった。トップ下にこだわるより、右の下がりめの位置から、玉田、大久保の2トップと左MF松井を走らせてチャンスを広げた。後半4分には中央へ切れ込み、勝負を決定づける3点目を珍しく右足で入れた。

 04年夏、欧州リーグにある程度なじんだ時、将来のビジョンを明かしたことがある。「オレはドイツ(06年)が最後のW杯だと思うよ。その後も現役は続けるけれど、松井とか若手がいるから、代表にオレのポジションはないだろうな。30代になるしね」。10年南アフリカ大会に出たい気持ちはあっても、当時はポジション争いの好敵手として松井を意識。「共存」は頭になかった。

 この日、10年W杯に向けた予選で初めてピッチに立った。相手からボールを奪うと、誰もがまずは中村俊のポジションを確認するほど、仲間からも絶大な信頼を寄せられている。岡田ジャパンに合流2試合目ですでにチームの中心。松井とはライバルではなく、松井を生かす方法を模索してあげる関係になった。

 すでにピッチ上の司令官になっている。「オレ1人が頑張っても駄目。みんなが連動しないと、いい結果は出ない。今日は玉田がいい動きをしていたのに、生かせなくて残念です」。岡田監督も、攻撃は選手の感性に任せる。中村俊は、2トップを前線に張り付かせて相手DFラインを下げさせた。局面によっては、自ら最終ラインまで下がり、遠藤-長谷部の2ボランチを前に出した。駒野(右)と長友(左)を積極的にオーバーラップさせ、攻撃に幅を持たした。

 日本協会の長沼健元会長の死去でサッカー界が悲しみにくれる中、中村俊が明るいニュースをもたらした。今後、アウェーのオマーン戦(7日)を含め、3次予選3試合が続く。厳しい戦いになるが、日本には「中村俊輔」がいる。【盧載鎭】

 [2008年6月3日8時58分 紙面から]


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