J2清水の小林伸二監督(56)が公約通り1年でのJ1復帰を成し遂げた。昨年まで指揮した徳島を2-1で撃破。最終節を残し今季初めて浮上した2位をクラブタイ記録の9連勝で守った。初のJ2降格となった名門を1年で立て直し、大分、山形、徳島に続く、歴代最多4クラブ目となるJ1昇格に導いた。クラブ側は来季も指揮を任せる方針で、今日21日にも正式に続投要請する。札幌が優勝し、5季ぶりの昇格を決めた。

 昇格を告げる笛が鳴っても、小林監督は腕組みしてピッチを見つめていた。状況が把握できなかったのか、ベンチを振り返ると、スタッフと選手が喜んでいた。一瞬遅れて歓喜の輪に加わった。「清水はJ1に上げて当たり前。本当に1年きつかった」。4年間指揮した思い入れの強い敵地で6度、宙に舞った。

 鍛え続けた「小林チルドレン」が決めた。1-1の後半28分にFW金子が左足で決勝点。6月に全治3カ月の重傷を負ったFW大前の代役に抜てきした若手が監督を男にした。ここ一番での活躍に指揮官は「よくやった」とたたえた。

 挑戦の1年。序盤は苦しんだ。5月は今季唯一の連敗で10位に沈み、容赦ないブーイングも浴びた。それでも、信念は曲げなかった。「練習でしっかりやる選手を使う」。実績のあるFW鄭大世と大前にも前線からの守備を要求。パスのわずかなズレを細かく指摘し、若手も積極的に起用した。平等にチャンスを与えることで競争意識が生まれた。ケガから戻った大前が「自分もスタメンを取るのが難しかった」とうなるほどチーム力は上がっていた。

 大前が先発復帰した10月のC大阪戦から9連勝。クラブタイ記録でJ1切符をつかんだ。リーグ最多85得点。勝ち点84で並んだ3位松本を、得失点差での勝負で寄せ付けなかった。今季は大好きなお酒も控え、戦術分析に没頭し、早朝3時に起きてはミーティング用のビデオを編集。夜9時過ぎまでクラブハウスに残って相手の対策を練った。

 「今日ぐらいは、たらふくお酒を飲みたいね」。試合後は安堵(あんど)の笑みを浮かべ、続投が決定的な来季に向けて誓った。「今日の思いを忘れずにJ1で頑張ります」。昨年1月に初孫が誕生し、今月5日には2人目の孫も生まれたばかり。歴史に名を刻んだ昇格請負人は、つかの間のオフで家族だんらんの時間を過ごし、来季J1に挑む。【神谷亮磨】

 ◆小林伸二(こばやし・しんじ)1960年(昭35)8月24日、長崎県生まれ。島原商高で77年全国総体優勝。大商大を経て、82年にマツダSC(現広島)入り。90年に引退し、広島でコーチやユース監督、スカウトを歴任。98年に日本サッカー協会公認S級ライセンス取得。大分、C大阪、山形、徳島、清水で監督を務め、J1通算55勝、J2通算141勝。家族は夫人と1男1女。血液型O。

 ◆清水エスパルス 1991年(平3)、静岡市(旧清水市)をホームタウンに母体を持たない唯一のクラブとして創部。「エス(S)」は「サッカー、清水、静岡」の頭文字で「パルス(PULSE)」は英語で心臓の鼓動の意味。本拠地アイスタ。