突然の言葉だった。8日の浦和戦後の記者会見、札幌三浦監督は「1つお伝えしたいことがあります」と切り出し、今季限りで辞任を表明した。「もう少しやりたいくらいだが、リセットした方がいいかなと」。試合前日の7日に矢萩社長に申し入れ了承された。選手には試合後に話し、けじめをつけた。
揺れる日々だった。降格決定の数日後に続投要請を受けた。資金面で満足なサポートがない中、昨年はJ2優勝、今季も結果こそ出なかったが、試合内容を評価しているとの言葉を受けた。「環境、スタッフ、サポーター。非常に仕事をしやすい環境にあった」。待遇には不満は一切なかった。それでも退くことを決めたのは、J2降格という事実だった。
「4年間、下馬評を覆してきた部分があった」と監督生活を振り返った。04年、J2でも決して抜けた戦力ではなかった大宮を昇格させ、J1に定着させた。昨年は札幌を前年6位からJ2優勝へと導いた。「今回も下馬評を覆してやろうと思っていた」。しかし過去最速タイの5試合を残し降格が決定と、不本意な結果に終わった。「やっぱりもう1度、やった方がいいというところまではいけなかった」。愛着あるクラブを離れることを選んだ。
今後については「決断したのが昨日だから。他からのオファーとかいう話はまったくない」と話すように未定。ただ最終鹿島戦まで指揮を執ることは決めている。残り3試合、全霊を傾けて戦う姿勢に変わりはない。
◆三浦俊也(みうら・としや)1963年(昭和38年)7月16日、岩手県釜石市生まれ。釜石甲子小-釜石甲子中-釜石南高-駒大。駒大卒業後、岩手大に1年間在籍。その後は岩手大の非常勤講師、岩手松園養護学校に勤務。91~96年にドイツ留学。97年1月にブランメル仙台(現J2仙台)コーチに就任し、同年10月から監督。98年水戸監督。99年大宮コーチ。00、01、04~06年大宮監督。07年から札幌監督。家族は妻と1男。




