ハジメさん、28年間ありがとう!!

 磐田のチーフトレーナーとして長年チームを支えてきた始沢(はじめさわ)輝雄氏(62)が、今季練習最終日の15日、定年退職した。日本リーグのヤマハ発動機時代から、数々の名選手の体をケアし続けてきた功労者だった。年間リーグ優勝の時も、J2降格の危機にさらされた時も常に選手を陰で見守ってきた。

 ジュビロ一筋28年間の始沢氏は、練習場の中央で最高の笑顔を見せながら3度宙に舞った。この日の練習が終わると選手やスタッフがグラウンドに集まり、即興の「お別れ会」が行われた。選手を代表し、MF西紀寛(30)が花束を贈呈。記念のパネルなども送られた後、選手、スタッフに囲まれて胴上げ。始沢氏は「長い間お世話になりました。ありがとうございました」と照れくさそうにあいさつした。

 選手の体をケアするトレーナーとして元ブラジル代表MFドゥンガや元日本代表FWでJ2札幌の中山、元日本代表MF名波など、名だたる選手の体を支え続けてきた。ヤマハ発動機時代に選手だった柳下正明監督(50)もその1人だ。当時、ひざをケガしたときに毎日治療し、リハビリも付きっきりで見てくれたと言う。この日の練習後、柳下監督は「すごく温かみを感じる人。怒ったところを1度も見たことない。ジュビロに残してくれた功績は本当大きいですね」と心から感謝した。

 普段は裏方に徹しているため、脚光を浴びることはない。それでも、チームのために全てを尽くしてきた。「97年のセカンドステージで初優勝した時が一番印象に残っている」と始沢氏。続けて「前日までケガしていた選手が次の日にピッチで元気そうにプレーする姿を見るのが一番うれしかった。ドゥンガなんか最初、はりは『ノーサンキュー』って感じだった。でも1回やったら、それからよく治療するようになった」と当時を振り返りながら、満面の笑みを見せた。

 今後の活動は未定のままだが、いつまでもジュビロを気にかけているはずだ。「僕みたいな『黒子』が本当は活躍しないのがいいんだよね」。最後に優しい笑顔を見せて通い慣れた練習場を後にした。【神谷亮磨】