<J1:磐田1-1浦和>◇第5節◇17日◇エコパ

 元サッカー日本代表監督でJリーグ浦和初代監督の森孝慈氏が17日午前9時21分、腎盂(じんう)がんのため東京・目黒区の病院で死去した。67歳だった。早大、三菱重工でMFとして活躍し、68年メキシコ五輪銅メダル獲得に貢献。監督として日本代表を86年W杯メキシコ大会アジア最終予選まで導いた。Jリーグ浦和の創設に尽力し、初代監督を務めるなど「レッズの父」としても知られる。

 浦和は「レッズの父」と言われた森さんに白星をささげることができなかった。訃報は試合前のミーティングで伝えられ、試合には喪章をつけて臨んだ。前半29分にDF高橋峻希(21)からのパスを中央で受けたMF柏木陽介(23)が左足でミドルシュートを決めて先制したが、後半ロスタイムにPKを与えてしまい、引き分けに終わった。

 森さんは85年に代表監督を退いてから、浦和の創設に尽力し、92年に初代監督になった。01年から06年までGMも務めた。当時を知るDF山田暢は「レッズに誘ってくれた監督。レッズにとってすごく大事な人で、非常に残念です。勝てればよかったが、最後にやられてしまった」と話した。

 森さんは06年1月にGMを退任してからも、浦和のクラブハウスや試合会場を訪れていた。今季は6月11日の大宮とのさいたまダービーでチームを激励していた。日本代表と浦和で選手として指導を受けた柱谷GMは「レッズのことをずっと心配して、気に掛けてくれていた」と振り返った。哀悼セレモニーなどが行われる予定の次節ホームの甲府戦(23日)で、あらためて白星をささげる。【保坂恭子】