<舘ひろしダンディー語録・90年代編>


「なにしろ初めての時代劇主演、困っています。ま、気負わないで、色っぽくやりたいですね」

・1991・7・26 テレビ朝日系「素浪人無頼旅」で時代劇初主演



「石原プロでも係長のようなもんですからね」

・1992・3・6 宝酒造「純」CMで電機メーカー社員を演じて



「こういったキスシーンだけは何回やってもいいですね。監督さんから“舘さんOKです”と言われたら“もっとNG出してもいいよ”と言ってしまった」

・1994・5・2 フジテレビ系「上を向いて歩こう!」石田ゆり子とのキスシーン



「下着はTバックよ〜」

・1994・12・8 「私、味方です」で女装に初挑戦



「おしりが大きいのが分からないね」

・1996・8・20 ロンドンで挙式後、夫人のウェディングドレス姿について


96年8月20日 ロンドン挙式
96年8月20日 ロンドン挙式

「2人を食事に誘いたかったが、(結婚直後なので)それができなくて、つらい撮影でした」

・1996・9・29 松坂慶子、鈴木京香と共演した「新・居酒屋ゆうれい」の撮影を振り返って


「今までの東映作品のような“オッパイ見せてハアハア”なんてセックスシーンには絶対にしない。セックスしないでも、すごいセクシーなシーンとか、自分なりにいろいろと考えています」

・1996・12・3 映画「義務と演技」の濃厚なラブシーンの撮影について


96年12月3日 映画「義務と演技」インタビュー
96年12月3日 映画「義務と演技」インタビュー


「義務で(セックスを)するのは女性に失礼。でも浮気の話は胸が痛い」

・1997・2・14 映画「義務と演技」試写会で



「やっぱり趣味は女だよね。結婚しても変わんない。かえって(ほかの)女がきれいに見えるくらいですよ」

・1996・9・15 「日曜日のヒーロー」趣味を聞かれて 結婚間もないのだが…



「映画が扱うのって、やはり特殊な世界じゃないですか。恋愛ものにしても不倫を描いたりするわけでしょう。それはモラルに反していますよね。その部分が受ける。貴重な時間を割いて見に行こうということになる。だから、というわけでもないんですが、基本的に俳優にモラルを求めちゃいかんと思いますよ。モラリストみたいな顔した人がいっぱいいるけど、裏で何をやってんだか。ふざけんじゃないよ、と言いたくなる」

・1996・9・15 「日曜日のヒーロー」 映画が描くものとは


96年9月15日 日刊スポーツのインタビュー連載「日曜日のヒーロー」
96年9月15日 日刊スポーツのインタビュー連載「日曜日のヒーロー」


「キスシーン? もちろん本気ですよ。だいたい今時(唇を)くっつけるだけのキスなんて不自然ですよ。今の若いタレントか女優か分からない人たちって、キスも形だけだから。中には、直接はいやだって、オブラートみたいなものくっつけてやるのもいたから。(作品を)見に来た人に失礼ですよ」

・1996・9・15 「日曜日のヒーロー」 映画「新・居酒屋ゆうれい」妻役の鈴木京香とのキスシーンについて



「アホなんですよ。進歩がないんだよ」

・1996・9・15 「日曜日のヒーロー」 いつまでも変わらない色気とワイルドさについて



「できあがっていい作品になっていたら、その前のオフにいい意味の無駄があったということだと思う。きっとそれが投影されているんだね。オフなしで仕事を続けていると、やせてくるような感じがする。オフの間に身につけた無駄が落ちていくんだね。いい意味の無駄はどんどんしなくちゃいけないと思う」

・1996・9・15 「日曜日のヒーロー」 撮影に入る前に必要なこととは



「“空気”なんですよね。そばにいると元気になれる。そんなエネルギーのある人なんです。女に振られてガックリしている時なんか、それを感じてくれて“元気か。飯食いに来いよ”って。何だかんだで僕は行かなかったんだけど。だいぶ後からその時スキヤキ用意して待ってくれてたのを知って、胸が熱くなるというか、力がわいてくるんです。渡が好きです。僕もああいう“空気”をつくれる俳優になりたいと思うんです」

・1996・9・15 「日曜日のヒーロー」 尊敬する渡哲也さんについて



「むちゃしましたから。1年に8回事故に。僕はスリ傷だけだったけど、周りはどんどん死んだ。だから、どこかにいつ死んでもいいように生きざまだけはしっかりしようという思いがある。僕は運だけで生きてきましたから」

・1996・9・15 「日曜日のヒーロー」 バイクチーム「クールス」時代について



「何かあればいつでも相談に乗ります。自分の立場で守ってあげたい」

・1997年1月15日 松田聖子と離婚した石原プロ同僚の神田正輝について



「この映画のために、生まれて初めて役づくりをしました。(家庭で)本当にセックスレスになって、外で不倫して…。大変でしたよ」

・1997年2月16日 映画「義務と演技」初日舞台あいさつでジョーク



「今年の目標は、もう少し家でメシを食うことかな」

・1998年1月7日 新年仕事始めで「結婚してから3年、家で4回しかメシを食っていない」と石原プロ小林正彦専務にからかわれて



「次もありますから気にしないでください」

・1998年9月5日 「完結編」をうたう映画「あぶない刑事フォーエヴァー」の完成披露試写会で


98年9月5日   映画「あぶない刑事フォーエヴァー」舞台あいさつ
98年9月5日  映画「あぶない刑事フォーエヴァー」舞台あいさつ


「秋山は先代(裕次郎さん)にあこがれて石原プロに入った。最後に裕次郎灯台を見せてやりたかった。裕次郎さんに“これから秋山をお願いします”と言いました」

・1998年9月29日 45歳の若さで亡くなった石原プロ同僚の秋山武史さんの遺体をクルーザーに乗せて、神奈川・葉山の裕次郎灯台など相模湾を巡った


98年10月1日 石原プロ同僚の秋山武史さん告別式
98年10月1日 石原プロ同僚の秋山武史さん告別式


「先代(石原裕次郎さん)は(警察署の)外に出ないボスでしたが、力がない僕は外に出てしまうんです(笑い)」

・1998年10月10日 日本テレビ系「七曲署捜査一係」完成報告会で


(ニッカンスポーツ・コム/舘ひろし「人生哲学」)