ベイスターズ好きに「tvkの吉井祥博アナ」を知らない人はいない。テレビ神奈川に転籍してすぐの1996年(平8)以来、横浜スタジアムで実況を続けている。

昨年5月31日の楽天戦。いつものようにハマスタ2階のボックス席で実況していた吉井は、山下幸輝の延長サヨナラ打に涙、しばし絶句した。朝の横須賀に平塚のナイター。ファームの練習や試合にも足しげく通って取材している。努力を知っていた。自然と出た涙は、用意していたどんな言葉より雄弁にファンの思いを代弁し、評価を不動のものとした。「現実には勝てない。仕事を続けていくうち、自然とにじみ出るものが大切と分かったんです」。

横浜スタジアムの放送ブースで笑顔を見せる吉井アナウンサー
横浜スタジアムの放送ブースで笑顔を見せる吉井アナウンサー

いくつかの決めごとがある。「継投とは、ゲーム中にベンチが打った最善策。失敗の批判は絶対にしない」「グラウンドに立っているすべての人に敬意を払う」「『ディス ゲーム』。その日の試合だけに集中する」。打球が当たった審判を「石ころ」と表現した他局を「ありえない」と断じた。

tvkの解説者は球団OBが務めることが多い。殿堂入りした秋山登(故人)が、最初に組んだ主なパートナー。視点を学んだ。多くの功労者と仕事をしてきたが、共通するのは人としての優しさと懐。それはベイスターズが時代を超えて紡いできたよき伝統であり、隣に座る吉井にも浸透していった。プロと並行し、同じ時間をかけてアマ野球の実況も務めてきた。「アマ時代を神奈川で過ごした『出身』選手は、みんなかわいくて仕方がないんです。巨人の菅野君とか、広島の田中君とか」と笑った。

温かみが受け入れられた吉井だが、心根に強烈な反骨心を宿している。

「キー局の放送権料とは、ケタが違うから」。DeNAが親会社となる前、ある球団職員に言われたひと言を絶対に忘れない。「取材をする。具体的に伝える。いいものを作り続ける。これしかない。『下町ロケット』の精神ですね。大好きなんです」。最後に「野球が好きなこと。自分の、唯一の才能だと思うんです」と加えた。

受け手は分かっている。同じ試合を複数のチャンネルで視聴できる中、この地元局は近年、DeNA戦の視聴率を着実に伸ばしている。16年の平均9・9%から、18年の平均は12・1%。ファンが積極的にtvkを選んでいることがうかがえる。「名物アナ」は絶滅危惧種ではない。多様性の時代だからこそ、確かな語り手は光る。(敬称略)【宮下敬至】

◆吉井祥博(よしい・よしひろ)1964年(昭39)10月25日生まれ、東京都出身。早大卒。岩手放送から95年12月にtvkへ。