海を渡る日本人アマチュア選手たちが増える中で、「ゴールドラッシュ」と化す市場をさまざまな視点で捉える連載拡大版。第3回は「未来」に着目し、大きな野望を胸にアメリカへ渡ろうとする3人の若者を紹介する。
◇ ◇ ◇
花巻東の前主将、中村耕太朗捕手(18)は経営者を志し、米バージニア州のジョージ・メイソン大に進学する。思い描くのは“世界を笑顔にするCEO”。「大きな問題に対してアプローチできるような人間でありたいと思っています」と大志を抱いている。
野球を続けるべきか-。少年は岐路に立っていた。ジョージア州立大の大学院へ留学した父憲さんと、政府開発援助(ODA)に携わる母祐美子さんの影響で、幼いころから世界が身近にあった。「もっと世界を知りたい」「世の中の問題を解決したい」。好奇心をかき立てた。その後は「勉強でアメリカに行きたい」と漠然と抱いてきた夢が小6で明白になり、大学留学の道筋を立てた。中3になり、進路に悩んだ。それでも、目の前にある高校野球ができるチャンスを蹴ることはできなかった。
高校入学を前に1度、海を渡った。ジョージア工科大のオープンキャンパスに足を運んだ。そこには壮大な景色が広がっていた。「学生の目がキラキラしていて、規模感や雰囲気なども言葉では表しにくいのですが、ビビッとくるものがありました」。野球部の練習試合も観戦。レベルの高さに感激を受けた。「もうアメリカしかない」。気持ちは固まった。
文武両道を極めた3年間は、オール5が物語る。現役中は主に授業で吸収。テスト前は2週間集中で徹底的に頭にたたき込んだ。野球部の引退後は勉強漬けの日々だった。朝6時過ぎに起床し、点呼や身支度を終えるとグラウンドへと向かった。バッグの中身は野球道具からテキストに。後輩らの熱のこもった声を背に、午後6時まで勉強に励んだ。寮に戻り、同10時までオンライン学習。その後は夜ご飯や入浴を済ませ、日付が変わるまで机に向かった。
たゆまぬ努力が大輪の花を咲かせた。高校での成績を米大学の成績基準に当てはめて算出するGPAも最高値を獲得。そして、吉報が届いた。1年目から全米大学体育協会(NCAA)ディビジョン1への進学は難易度が高く、日本の高校野球界からの挑戦は歴代で数名のみ。捕手としては史上初となる。「これからの高校球児の道をつくってあげるという意味でも、しっかりとした先駆者にならなくてはいけないと思っています」と並々ならぬ覚悟を示した。
1年目はとにかくがむしゃらに。「1日たりとも無駄にしない、中途半端なことは一切しない、食らいついて何が何でもという気持ちでいます」。花巻から世界へと旅立つ。【木村有優】
◆中村耕太朗(なかむら・こうたろう)2007年(平19)5月28日生まれ、岩手県花巻市出身。小3から中学は花巻リトルシニアでプレー。花巻東での初のベンチ入りは2年秋。178センチ、85キロ。憧れの野球選手はエンゼルス菊池雄星。趣味は音楽&映画鑑賞。好きな言葉はタブラ・ラサ(ラテン語で白紙)。



