センバツ高校野球の中止が決まり、高校野球経験者であるプロ野球選手がメッセージを発信した。3人のセンバツ優勝投手、西武松坂大輔投手(39)は夏の甲子園大会拡大を提案。阪神藤浪晋太郎投手(25)ソフトバンク東浜巨投手(29)も、球児の無念さをおもんぱかった。
甲子園を沸かせた「平成の怪物」が、高校球児に寄り添った。西武松坂が12日、球団施設トレーニングセンターで調整。センバツ中止決定の報を受けて心境を語った。「出場が決まっていた選手の気持ちを考えるとショックです。仕方ないとはいえ、ショックだった」と球児を思いやった。
横浜高時代、98年の第70回大会に出場し全5試合を投げ抜き優勝。野球人として大きな1歩を刻んだ。聖地は「一生に1度あるかないかの人もいる。僕も(人生が)変わった。変えられた」と特別な場所だった。
開催の道を最後まで模索した高野連、関係各所の対応には理解を示した。同時に「今大会をなかったことにするのではなく、出場が決まっていた高校を優遇するとか、夏に出場校を増やしたり、今年に限っては違う形で夏の大会をやってもいい」と夏拡大プランを持論として唱えた。
怪物を育てた甲子園には、高校球児の夢、目標、希望が凝縮されている。「甲子園の成績は人生に関わってくる。センバツがなくなって失うものもある。みんながハッピーになってほしい」と強く、熱く、願った。【為田聡史】
阪神藤浪が、開催中止となったセンバツへの思いを語った。甲子園で全体練習に参加。12年に大阪桐蔭で春夏連覇を達成した右腕が、球児たちを思いやった。
「無観客でもいいから、やらせてあげてほしかったなと。世の中がこんな感じなので仕方ないとはいえ、やらせてあげてほしかったな、というのはあります」
大阪桐蔭時代の12年、エースとして史上7校目となる春夏連覇を達成。甲子園で躍動した姿が、阪神ドラフト1位指名につながった。今大会に出場予定だった母校は、新型コロナウイルスによる余波を受ける形で甲子園でプレーできない。「(大阪桐蔭も)出る予定だったので。センバツに向けてかなり厳しい冬の練習をしていたでしょうし。すごい残念ですけど、仕方ないと言えば、仕方ないのかなと」。無念の後輩たちの心境を思い、言葉をつないだ。
春は中止が決まり、各校は夏を目指して再スタートを切っている。「中止と決まった以上は各校、夏に向けて切り替えてやるしかないと思う」。前向きに、ポジティブに。これから再び甲子園を目指す全ての球児へ、藤浪なりのメッセージを届けた。【奥田隼人】
ソフトバンク東浜が、センバツ開催中止となり落胆する高校球児たちにエールを送った。08年に沖縄尚学でセンバツ優勝投手となった右腕は、ペイペイドームでの投手練習を終え「球児の気持ちを考えるとなんとも言いがたい…。悔しいだろうな。言葉では言えないくらいのものがあります」と話した。自身は優勝を経験し、亜大に進学。プロへの道を開いた。「甲子園のグラウンドに立てるというのは特別。極端ですが、人生が変わる場所。ぼくもその1人」と懐かしむように言った。
「なんか悔しいですよね。どこに当てたらいいかわからない悔しさはある。ぼくが高校生なら、どうしていいか分からない。今すぐには無理かもしれないけど…夏に向けて前を向いて頑張ってほしいですね」。球児の思いも胸にマウンドに立つ。
昨夏の甲子園準V右腕、ヤクルトのドラフト1位・奥川恭伸投手(18=星稜)が球児を思いやった。「かわいそうです。せっかく頑張って決まったのに」。初めて聖地に立ったのは2年の春だった。「センバツにはセンバツの楽しさがある。出た方がいい。意味はあります。上を目指す選手にとってアピールの場になるし、初出場の高校とかだといい思い出になる」。出場権を得ていた星稜の後輩とは卒業式で激励していた。「難しいけど切り替えて、みんなには夏出てほしい」。11日に初めてブルペンで座った捕手に投げた。次回は中2日で14日を予定している。
巨人菅野(東海大相模OB)「言葉にできないですね。もし当事者だったら簡単には納得できないと思う。絶対マイナスなことばかりではない。この教訓を今後の人生に生かしてもらいたいなと思います」
巨人横川(大阪桐蔭で17、18年春に優勝)「甲子園は特別な場所。負けて出られないなら納得できるけど、こんな形では自分にはどんな気持ちか分からないくらい悔しいと思う。悔しさを夏にぶつけてほしい」
巨人野上(神村学園で05年春に準優勝)「僕はセンバツがあったから今がある。創部2年半で出て、決勝まで行ったからメディアにも出て注目された。もしかしたらそういう子がいたかもしれない。チャンスをあげてほしいですよね。できるだけ多くの子たちにあの場を踏んでほしい」
広島大瀬良(長崎日大OB)「初出場のチームとかあった中で、他のチームの選手ももちろん、やっぱり特別な思いはあったと思う。残念ではありますけど、仕方ないなと思う部分もある。高校生という多感な時期にああいう大きな目標に向かって、仲間と一緒に毎日過ごしたものというのはすごく心に残っています」
阪神福留(PL学園OB)「球児たちはすごく残念な思いをしていると思う。それを自分たちが成長できる糧として、また頑張ってほしい。今こういう状況なので、悔しいかもしれない。でもここでもう1度頑張って、夏に向かう高校球児を見たい」
阪神西勇(菰野OB)「球児たちの気持ちを考えたら、3年で1回出たらすごいと言われている甲子園の切符がやっと取れ、選ばれて出られる状況だったのに。残念でかわいそう。でも状況が状況だし。プロ野球や高野連が手を取り合って、最善策を作ればいい」
ヤクルト寺島(履正社OB。母校も出場を決めていた)「そこを目指してやってきてるのに、ウイルスでなくなって、誰のせいにもできない。でも出られる(力があった)というのは確かなので、自信にしていいと思います。自分ならやる気をなくすかもしれない。夏もあるし、大学や社会人に行く道もある。これで野球人生が終わるわけじゃない」
楽天則本昂(八幡商OB)「急になくなるというのは球児からすれば、非常に残酷。なかなか切り替えられることではないけれど、時間はかかってもいいので、次の大会に向けてやっていくしかない。プロも開幕できない。現実を受け止めて何とか頑張ってほしい」
楽天島内(星稜OB)「僕も着ていたユニホームを(後輩たちが)着て、躍動している姿をテレビで見て、元気と勇気をもらってプレーすることができていたので寂しい。目標を持って腐らずにやってほしい」
楽天松井(桐光学園OB)「やりきれない気持ちは想像できる。でも、センバツを目指して厳しい冬の練習を乗り切った、というのは無駄なことじゃない。すぐには難しいですけど、夏に向けて切り替えてやってほしい」
楽天涌井(横浜OB)「中止については何とも言えない。ただ、今回の1度しか出られるチャンスがない子もいる。そこをどうにかしてフォローするべきだと思う」
日本ハム吉田輝(金足農OB)「もし自分がセンバツを目指そうとするなら、東北大会でも2位にならないといけない。相当きつい思いをして取った(出場の)権利なので、かわいそうだなと思います。選手のリスクを考えて決めたことですけど、悔しいと思います。夏が本番だとは思いますけど、そこでいい経験もできたりする。僕だったら、夏を目指す前に1回、気持ちが途切れます。でも、この悔しさを夏に生かしてほしい」
日本ハム浅間(横浜OB)「自分自身が出る大会だったら、すぐ気持ちは切り替えられないと思う。センバツを目指して、一番きつい冬練習もやってきたと思うので。でも、それはムダじゃない。必ず夏に生きると思うので、夏に照準を合わせて頑張ってほしい」
◆高校野球全国大会の中止 太平洋戦争の影響で1942年春~46年春に中断したが、予定された大会が中止になったのは夏に2度、春は今回が初。夏の中止は米騒動が起きた1918年の第4回大会と、戦局が深刻化した41年の第27回大会。第4回大会は14代表が関西入りした後に中止に。14校は出場回数にカウントされ、今回も同様に32校の出場回数を加える。










