昨年の日本シリーズは、セ・リーグの主催試合でもDH制が採用された。

ソフトバンク工藤監督が、巨人原監督に全試合でのDH制を打診。新型コロナウイルスの影響で交流戦も中止となり、打席に不慣れな投手陣の故障リスクを軽減するためとした。加えてセでもDH制の導入を訴えている原監督が断らないという計算もあっただろう。

言うまでもなく、DH制の導入はソフトバンクに有利に働く。もともとDH制のないセのチームは、守れない野手の獲得を目指さない。守備を苦手にしたり、ケガや年齢の関係で打撃専門になる野手はいるが、その場合でも「代打の切り札」がメイン。守備が悪ければ起用頻度も減るし、大金を払ってまで獲得するメリットは少ない。特に交流戦のなかった昨季は、DH制の試合をやっていない巨人にメリットは少なかった。

それでも原監督は「有利と不利とか、そんな論理はね、もうすぐ90年を迎える野球界に対して失礼ですよ。何をファンが望んでいるか。面白いシリーズになると思いますよ。スリリングな、息を抜けないね。打席に三振しにいくような選手は誰ひとりいない」と快諾した。

日本シリーズ第4戦 ソフトバンク対巨人 DHで起用されたソフトバンク・デスパイネ(2020年11月25日撮影)
日本シリーズ第4戦 ソフトバンク対巨人 DHで起用されたソフトバンク・デスパイネ(2020年11月25日撮影)

結果的に原監督の言う「スリリングな試合」にはならなかった。ソフトバンクは4試合とも「6番DH」にデスパイネを起用。打率こそ1割5分4厘だったが、試合を決定づけた満塁弾を含む、チームトップの6打点をマークした。

何よりも効果を発揮したのは、4試合ともデスパイネの前の5番に起用した栗原だろう。シーズン中の成績は打率2割4分3厘、90三振、38四球。三振に比べて四球が少なく、選球眼に問題がある打者だが、強打のデスパイネの前を打たせれば、相手バッテリーはストライクゾーンで勝負してくれる。ベンチの狙いは的中した。

栗原は初戦の2回無死一塁、カウント2ボールから3球続けたスライダーを先制2ラン。菅野にとってスライダーは軸球で、制球力には絶対の自信を持つ球種。打者が絶対有利のカウントで同じコースに同じ球種を3球続けるのは危険だが、後ろに控える「DHデスパイネ」の存在が、そうさせたのだろう。

6回2死一、三塁からも左中間へ二塁打。一塁が空いていないとはいえ、絶対に失点を許してはいけない試合展開。ここも栗原への勝負は、四球も頭の中に入れて勝負するべきだった。ここでもデスパイネの影がちらついたのだろう。

巨人はエース菅野で落とせない初戦だが、栗原に2本の痛打を浴びて敗戦した。初戦で波に乗った栗原は、シリーズ打率5割。1本塁打、2二塁打と長打力を見せつけMVPに輝いた。

巨人対広島 巨人亀井の打撃フォーム(2020年6月25日撮影)
巨人対広島 巨人亀井の打撃フォーム(2020年6月25日撮影)

一方の巨人は、左足を痛めてシーズン後半で離脱していた亀井が初戦と2戦目に「6番DH」で出場して6打数無安打。第3、第4戦はウィーラーがそれぞれ「6番DH」と「5番DH」で6打数無安打。DHとしての安打は、2試合目に代打で出場した田中俊の1安打だった。ちなみに亀井は4試合で合計9打数無安打でブレーキ。結果論になるが、DHがなければ起用機会が減ったかもしれない。「DH専門」の打者がいる差が、明暗を分けた。

原監督も、自軍に不利なのは分かっていただろう。それだけに有利か不利かの言及を避けたのだと推測できる。あえてDH制の導入に同意したのは、セでもDH制を実現するための第1歩として考えていたのではないか。

DH制の導入で、セのレベルは上がるのか? さまざまな角度から検証していく。(つづく)【小島信行】