世の中、賃金が上がらず、物価高で苦しい師走を迎えているのに、ここだけは別世界? タイガースの好景気が続いている。

18年ぶりのリーグ優勝、38年ぶりの日本一。沸き返る材料に事欠かないし、さらに「アレ」が流行語大賞に選ばれ、勢いが加速。選手たちの年俸が跳ね上がっている。

スポーツ新聞に「〇〇、〇倍増!」の活字が並ぶ。軒並みの大幅アップ。まさにバラ色のオフだ。例えば更改交渉を終えたルーキー森下の年俸は推定3800万円。2200万円アップというから、うらやましい限り。新人でそれなりに出場し、本塁打は2桁10本。確かに勝利に結びつく派手な活躍があったにしろ、ここまでアップするのか…と、数字を思わず見返した。

長いプロ野球の取材で、年俸にまつわる話は事欠かない。昔、南海ホークスを担当した当時、更改交渉を終え、会見場所に現れたベテラン選手が泣いていた。この涙の意味は彼の言葉でわかった。「やっと、やっと、大台に乗ったわ…」。いまから50年近くも前のこと。当時の大台とは、1000万円。球団との交渉は何千、何万円の駆け引きの時代。そんな中での大台到達は、まさにステータス。一流の証しでもあった。

野村克也兼任監督、門田博光の2人しか大台を超える選手はいなかった時代だ。あの涙に番記者もホロッときたのをよく覚えている。

担当が阪神に変わっての更改交渉取材。毎年、必ず保留する選手がいた。「年に1度、球団に言いたいことを言える場。妥協はしないし、そら越年も辞さぬ」。必ず複数回の交渉を重ね、そのたびに「どう思う? オレの主張は間違っているか?」と、番記者に同意を求める。球団との差額は数十万円。時代を反映した交渉ぶりだった。

世界情勢、国内の経済状況、物価の変動や企業の業績…。いまとはまったく異なる背景であるが、50年を経て、ここまで選手の待遇が変わるのか。いまの大台とは、やはり1億円になるのだろう。それも低い設定で、2年、3年続けて数字を残せば、1億は簡単にクリアし、実際には2億が大台といったところになっている。

年俸比較では50年前と10倍、20倍の違い。もし掛布雅之の全盛時、いまのレートで交渉すれば4億、5億といった年俸になっていたかも。そういう時代背景があり、これからタイガースの主力選手の更改が待っている。好景気に沸く中、近本、中野、大山、佐藤輝らの年俸はどれだけ跳ねるか。人の懐だけで、想像するだけで楽しい。

そういう環境で、見過ごされがちになっているのがコーチ陣の待遇だ。コーチの推定年俸は詳しく報じられることはない。正直、謎に包まれた部分はあるが、選手に比べれば、恵まれていないような気がするのだが。

聞けばメジャーでのコーチの待遇はなかなかのものらしい。以前から感じていたのだが、日本のコーチの待遇は低いような気がしてならないのだ。今年、阪神は日本一になった。選手の急成長、がんばりがあり、監督の采配が目立ったが、コーチ陣の指導を軽んじてはならない。ヘッドコーチの平田を始め、黒子に徹して、選手を導き、監督を支えた。これをなくして日本一はなかった。それだけに選手のウハウハ更改とともに、コーチがどれだけ待遇アップを勝ち取るのか。これにも注目している。【内匠宏幸】(敬称略)