9月16日の甲子園。ヤクルト戦の試合前に今季限りで引退を表明した青木のセレモニーがあった。登場したのが阪神監督の岡田彰布。早大の先輩後輩の間柄で、岡田はねぎらいの言葉を送った。
「何かひとネタをぶっ込んでくるおもしろい人」と青木が語るように、こういう時の岡田の言動は実におもしろい。
と同時に、ひとつの言葉に「愛」や「やさしさ」が埋まっている。いつもベンチで難しい顔をしている姿から想像もできない柔らかな空気。それを思い出すのが2023年の3月のことだ。
久しぶりの監督復帰となった昨年。オープン戦で京セラドーム大阪でのオリックス戦に臨んだ。みんながあいさつに来る中、ひとり走ってきたのがオリックスのT-岡田だった。
僕は岡田の横にいた。T-岡田は帽子を取り、頭を下げて「またよろしくお願いします」と岡田に伝えた。
もうこの時、T-岡田の実情を岡田はわかっていた。出場機会も減り、存在感が薄れる。ちらつく「引退」の2文字。それを察知した上で、岡田はTに告げた。
「ええか、こっからやぞ。こっからもがけ。とことんもがくんや」。
短いやりとりだったが、そこにやさしい岡田の姿があった。当たり障りのない言葉でなかった。T-岡田の心の中を察し、ピンポイントの熱い言葉に、T-岡田はしっかりとうなずいていた。
2010年にオリックスの監督になった。手探りの中で、目に留まったのがTの姿だった。同じ岡田姓で、すぐに登録名を考え、Tを彼につけさせた。「すごい資質の持ち主よ。あのパワーはすごい。そら必ずクリーンアップは打てる」と早くから断言。当時の打撃コーチだった正田耕三とTの打撃改造に着手。ノーステップで、ブレをなくし、確実性のある打撃になった。「当たれば飛ぶ。当てる確率を高めたら、ホームランは打てる」の予告通りに、Tは本塁打王にまでなった。
あれから14年。もがいた末にT-岡田は悔いることなく現役にピリオドを打った。
「なあ、よくやったよな。もがいたし…」。岡田彰布は、そう言って目を細めた。
あの時に伝えた「もがけ!」。それはいま、66歳の監督自ら、その立場にいる。残りはわずか。まだ連覇のチャンスは残されている。あくまで選手が戦うのだが、ベンチで「勝てるように」監督ももがく。
ここに至って、悔いを残す戦いはしたくない。あくまでベンチの中、理にかなった作戦を立て、時にトリッキーな采配を示し、内容より結果。そのためにグラウンドの中と同じようにベンチももがく。
その先のことは、まだ何も分かっていない。青木やT-岡田が引退を決めたけど、監督として岡田はどう進んでいくのか、まったくはっきりしていない。とにもかくにも残り試合、もがいて、もがいて…である。【内匠宏幸】(敬称略)




