選手の多くは東日本大震災の影響を受けた。草野も東京電力福島第1原発から約20キロに位置する楢葉町で被災し、約3カ月間、埼玉県内に避難生活を強いられた。「当時は何で遠くに避難するのかわかりませんでした。自分が生まれたふるさとに戻って野球ができてよかった」。試合後は号泣する母友佳さんと抱擁。ウイニングボールを渡された父弘典さんは「宝物です。大好きな野球をやらせてあげられない時期もあったが、強い気持ちで戦ってくれました」と目を潤ませた。

 草野は「県大会は通過点。甲子園目指して頑張りたい」ときっぱり言った。遠藤主将も「廃校になった学校の思いを胸に、地域の希望の光になれるような存在であり続けたい」。もっともっと、地元に希望の光を届け続ける。【下田雄一】