明豊(大分)は北海(南北海道)に延長10回タイブレークの末、逆転サヨナラ負け。昨年11月に不慮の事故で亡くなった吉川孝成(こうせい)捕手に勝利を届けられなかった。吉川さんの両親寄贈の打撃マシンで鍛え、試合で吉川さん使用のバットや手袋を使う選手もいたが、執念は実らなかった。

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亡き友にささげる1勝とはならなかった。明豊は7-5の9回2死から同点に追いつかれ、延長10回タイブレークの末、逆転サヨナラ負けを喫した。主将の西村は「結果で恩返しできなかったのは悔しい」と大粒の涙を流した。

「孝成と一緒に甲子園に行く」が合言葉だった。新チームが発足した昨年8月下旬、宮崎遠征での練習試合で吉川孝成捕手の鎖骨にファウルチップが直撃。意識を失って倒れ込んだ。約3カ月後の11月5日に息を引き取った。

亡き友はチームに力をくれた。15安打8得点を導いたのは「孝成マシン」だった。5月に吉川さんの両親が「孝成が投げていると思ってほしい」と寄贈した打撃マシン。西村は「コースも一定のはずなのに来なかったり、勝負してるような感覚で、苦手なところを攻めてきているのかなって。本当に3年生の打撃はものすごく上がった。全ての面で感謝したい」。

エース中山は初回のマウンドに上がる際、吉川さんの写真をプレートのところに立てた。スタンドからは3人組音楽グループ、ベリーグッドマンが書き下ろした特別曲「個性~明豊 is No.1」の演奏がナインを鼓舞した。吉川さんの中学からのチームメート、遠藤大斗内野手(3年)が、吉川さんが一番好きだったベリーグッドマンに直接依頼して作られた。曲に乗って、西村のチーム初安打や延長10回の一時勝ち越し打が生まれた。西村は「あの曲が流れると自信をもって打席に入れる。大丈夫っていう風に思わせてくれます」と力に変えた。

「孝成がいなければ甲子園という舞台でプレーすることはできなかった。ありがとうと伝えたい」。西村は汗と涙を拭い、最後は晴れやかな笑顔で感謝を伝えた。【村松万里子】

■家族アルプスで声援「うれしくて涙しか出ない」

○…明豊・吉川孝成さんの父聖哉さん(41)と母久美さん(44)、姉の亜依さん(23)、弟の悠之輔さん(9)と寛太さん(7)がアルプス席で応援した。久美さんは大分大会でも全試合大阪の自宅から応援に足を運んでいた。「うれしくて涙しか出ない。私たち家族にとっても大好きなチームです。感謝しかないです。(孝成も)いつもどおりすれば大丈夫と言っていると思います」と息子の思いも込め、声援を送った。

◆明豊・川崎絢平監督(41=故吉川さんについて)「甲子園のこの試合が、吉川をふくめ、ご家族へのプレゼントという位置づけでやってきたので、勝ってもう1ついいプレゼントをということで試合に入りました」

◆明豊・義経(2安打を放つ)「打撃では練習の成果が出た。甲子園で打てたのは自信になる」

◆ベリーグッドマンが書き下ろした応援歌

「個性~明豊 is No.1」

【歌詞全文】

個性輝く仲間と共に

夢にまで見たあの場所へと

辛いこともあった

それでも僕ら力合わせて今日まで来た

後世に残る熱い戦いをしよう

明豊 is No.1

明豊 is No.1