日刊スポーツはセンバツ期間中、負けチームにもスポットを当て、「胸張ってイイじゃん」と題して球児たちの奮闘に迫ります。
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生まれつき左手首の先がなくても背番号20を背負って献身的にサポートした。21世紀枠で出場した長崎西の平木悠喜外野手(2年)は出場機会がないまま、甲子園を去った。「もう1回必ずここに来て、次は絶対に勝ちたいと思いました」と口にした。
兄の影響で小学1年からソフトボールを始めた。中学時にはポニーリーグのU16日本代表にも選出。長崎西に入学して宗田将平監督(51)から「何か配慮することある?」と問われ「特にありません」と答えた。特別扱いはない。
捕球と投球、どちらも右手で行う。捕球後、グラブを外してボールを握り替えるスピードが課題だった。当初は左腕に抱えたグラブの上からボールを取っていたが、再現性を欠いた。そのため、左腕で抱えたグラブから右手にボールを落とす方式に変えた。宗田監督は「持ち替えが速い。最初気づかないぐらい」。父宏一さん(59)は「誰も教える人がいないから自分で編み出すしかない。彼なりにいろいろ考えて」と、そばで見守ってきた。
今春初めて背番号を勝ち取った。評価されていた足の速さやバント技術を甲子園で見せる機会はなかったが、攻守交代で味方が守備に就くときにキャッチボール相手を務めた。チームは一歩及ばず初戦敗退。「勝てなかったことが一番悔しいです」。逆境を跳ね返してきたように、まだ歩みは止めない。【林亮佑】

