花咲徳栄が終盤の奇襲作戦で見事な逆転劇を演じ、23年ぶりの再戦にリベンジを果たした。
1点ビハインドで迎えた8回表、2本の安打と失策を絡め1死満塁。迎えた岩井虹太郎内野手(3年)が押し出し死球で同点に追いついた。なおも1死満塁。岩井隆監督(56)は「正直、ちょっと迷いもあったんです。でも更科が私の方を見ていた。それだけ、うん」。同点に追いつき一気に流れがきた。17年夏優勝も経験する百戦錬磨の勘がさえた。二塁走者の市村心外野手(3年)に代わり更科遙陽内野手(3年)を代走に起用した。
逆転の舞台は整った。打席には鈴木琢磨外野手(3年)。初球、バントの構えに東洋大姫路の内野陣は前進守備を敷いたが、1ストライクで二遊間の守備位置が少し下がった。岩井監督は「カウントによっては動かなきゃいけないと思ってました。鈴木は三振をする子じゃない。なおかつ内野陣が後ろに下がってくれた。これはベンチが動かなきゃいけないと思いました」。鈴木は選球眼に優れ、チーム一、ゴロ打ちがうまい選手だった。
低めの球を見極めフルカウントとし、6球目。指揮官が自信を持って出したサインはランエンドヒット。打席の鈴木は小さくうなずいた。「転がして1点と思った。三振したらゲッツーになりかねない。しっかり芯で捉えてとにかく強い低い打球を打とうと思いました」。さらに、打ち上げないように「引きつけて、ポイントを近くして。しっかりたたくことを心がけました」。一、二塁のランナーが同時にスタートを切り、鈴木が外角直球をたたくと、打球はショートへ。遊ゴロの間に、三塁走者の山田蒼一郎外野手(3年)に続き、二塁走者の更科も一気に本塁を陥れ、2点を勝ち越した。岩井監督は「大きいのを打つ子じゃないんですけど、ああいうつなぐバッティングは、彼の長所。それを出してくれたのがよかった」と、してやったりの奇襲作戦。走者を走らせていなければ、遊ゴロ併殺で無得点に終わる可能性もあった。果敢に本塁を陥れた二塁走者への代走も含めて、どんぴしゃりの作戦的中だった。
練習試合の時から満塁でフルカウントからエンドランの練習を積んでいた。「でも、実際には三振したらどうしようとか度胸よくできなかった。よく甲子園でいいスタートを切ってくれた。本当にそれは良かったと思います」と、ここぞの勝負強さを発揮。岩井監督、25年の監督人生の中で初めての経験。「必死のプレーが生んだ1点だと思いますよ」と、選手たちをたたえた。
今大会から導入されたDH制度も花咲徳栄を有利に導いた。「代走はいつも1枚、守備要員を1枚だったが、DH制導入で2人入れた。それが山田に更科。DHの恩恵です」。走攻守に特化した選手をベンチに入れ、積極的に起用したことが勝負の綾になった。
プロ野球では日本ハム新庄剛志監督(54)が22年6月3日の阪神戦(甲子園)で満塁からエンドランを成功させている。同じ甲子園の舞台で、花咲徳栄が成功させたランエンドヒット。高校野球の歴史にビッグプレーとして刻まれた。
◆両校の前回対戦 03年春の準々決勝で東洋大姫路はベトナム国籍の左腕グエン・トラン・フォク・アン、花咲徳栄は福本真史がともに当時の規定上限となる延長15回を2失点で完投して引き分け。アン191球、福本220球だった。翌日の再試合も延長戦になり、アンと福本は救援登板。10回裏に3番手福本がサヨナラ暴投で力尽き、東洋大姫路が6-5で4強入りした。
◆引き分け再試合の雪辱 花咲徳栄は03年春に引き分け再試合となった東洋大姫路戦で敗れていた。甲子園の引き分け再試合は過去24度あり(16度、夏8度)、同じカードの再現は37年春の岐阜商5-2愛知商、11年夏の作新学院6-3八幡商に次いで3度目。再現試合で雪辱したのは花咲徳栄が初めて。

