矢野監督がやめる! 就任4年目の阪神矢野燿大監督(53)が1月31日、今季限りで監督を退任する衝撃の意向を明かした。
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沖縄・恩納村内のホテルでキャンプイン前日のミーティングを行った際、ナインに報告。球団には昨季終了後に意思を伝え、了承されたもようだ。キャンプイン前日に、指揮官がその年限りでの辞任を発表するのは極めて異例。日本一での勇退を目指す矢野阪神、大激震の船出だ。
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キャンプイン前日、衝撃の退任表明だった。全体ミーティングを終えた矢野監督が自ら切り出した。「えぇ…俺の中で、今シーズンをもって監督は退任しようと思っている。2月1日の1日というのも、もう帰ってこない1日。その1日も逆に退路を決める。『来年はもう監督という立場でここに来ていることはないんだな』という気持ちを持って、自分も挑戦していきたい。それがチームのためにも選手のためにも、申し訳ないけど俺のためにもなるのかな、という決断で決めたことだった」。柔和な笑顔で明かした。
考え抜いた末の決断だった。就任3年目の昨季は12球団最多となる77勝を挙げたが、優勝したヤクルトにわずか5厘差で及ばなかった。開幕からゴールテープに向かってトップを独走したが、最後の最後でかわされた。「自分の中でもいろいろ考えることも多くて。何が一番、チームにとっても、選手にとってもいいのかなっていう中で、そういう決断に(なった)」。昨年9月には正式に続投要請を受けたが、心の中は揺れ動いていた。退くという選択肢があったことも事実。家族や相棒の井上ヘッドコーチらとも相談し、球団フロントにはシーズン終了後に「来季限り」を伝えて了承されたとみられる。
退路を断った決断公表は、矢野流のメッセージでもあった。シーズン前の退任表明は、成績次第で監督の求心力が低下しかねない危うさもある。だが、それも承知だった。「こう言うことでマイナスな部分も、もちろんあるっていうのを、自分の中でしっかり考えて、それでも伝えた方がやっぱりいい。選手たちにも(言っているのは)俺たち平等にあるのは24時間という時間と死ぬということだけ」。悔いなく覚悟をもって日々を過ごす。2・1を前に伝えたかった。
矢野監督は最後に力を込めた。「伝えられることはこの3年間で全力で伝えてきた。俺の勝手な個人としての集大成。1年間やり切るというところにはみんなきてくれた」。就任当初からユニホームに固執する気はまったくない。願いは成長を見守るチームが花咲く瞬間を見届けること。異例の退任表明は、悲願の17年ぶりリーグ優勝に向けた決意表明だった。【桝井聡】
◆矢野燿大(やの・あきひろ)本名は輝弘。1968年(昭43)12月6日生まれ、大阪府出身。桜宮-東北福祉大を経て90年ドラフト2位で中日入団。91年8月3日阪神戦で初出場。97年オフに大豊泰昭内野手とともに、関川浩一捕手、久慈照嘉内野手との交換トレードで阪神移籍。03年にはセ3位の打率3割2分8厘で優勝に貢献。05年も正捕手としてVメンバーとなった。08年北京五輪日本代表。10年限りで引退した。通算1669試合、1347安打、112本塁打、570打点、打率2割7分4厘。ベストナイン3度(03、05、06年)、ゴールデングラブ賞2度(03、05年)。現役時代は181センチ、81キロ。右投げ右打ち。野球評論家を経て16年阪神に復帰し、コーチや2軍監督を務め、19年から1軍監督。
▽阪神秋山(キャンプ中の投げ込みを宣言) 1000球は超えたい。
▽阪神近本(2年ぶりの有観客キャンプに) うれしい。見てもらうのがプロ野球だと思う。とにかくケガしないように頑張りたい。
▽阪神伊藤将(プロ入り初の有観客キャンプに) 去年経験ができなかった。初めてなのですごく楽しみです。
▽阪神桐敷拓馬投手(プロ初のキャンプに) 実戦でいつ投げるか分からないけど、投げる機会があったら持ち味を出していきたい。



