昨年秋場所を最後に現役を引退した元前頭明瀬山の井筒親方(38=木瀬、本名・深尾光彦、愛知県春日井市出身)の断髪式が2日、東京・両国国技館で開かれた。断髪式には、出羽海一門の親方衆や関取衆、一門外からも同じ埼玉栄高OBの貴景勝(27=常盤山)、琴桜(26=佐渡ケ嶽)の両大関ら約300人がはさみを入れた後、最後に師匠の木瀬親方(元肥後ノ海)が止めばさみを入れた。
引退相撲としての興行ではなかったが、断髪式前には幕下力士によるトーナメント、明瀬山最後の土俵入りや2歳の長男颯之佑君との取組、祝い太鼓の実演、埼玉栄高相撲部の山田道紀監督のあいさつなど、華やかなムードの中、式は進められた。断髪を終え、土俵に残った井筒親方は、用意していた、あいさつ文を約5分ほどかけ、ほぼ涙声で読み上げた。
井筒親方は埼玉栄高-日大を経て、木瀬部屋に入門し08年初場所で初土俵を踏んだ。本名で相撲を取っていたが、10年九州場所の新十両で明瀬山に改名。十両と幕下を往復する時間が長かったが、16年春場所で念願の新入幕。1場所で陥落し、その後も十両と幕下を往復したが、21年初場所で再入幕すると3場所連続で幕内在位。最高位は同年春場所の東前頭12枚目だった。15年間の現役生活で番付上は昨年秋場所が最後(西幕下6枚目)だったが、相撲を取った最後の土俵は、その前の地元開催の名古屋場所で、東幕下16枚目だった。幕内在位は4場所、十両は33場所務めた。序ノ口と幕下で各1回の優勝がある。腰のヘルニア、アゴの骨折もあったが、何度も幕下-十両-幕内を上がり下がりしながら、人懐っこいキャラクターで愛された。
断髪後は髪を洗い流し、整髪中に取材に応じた。当初は身内だけを呼んでの断髪式を開催することも考えていたが「地方からも最後だから行きたいと。そうなると事務局を立ち上げないといけない。奥さんに言ったら『全部、私がやる』と。『大変だよ』と言ったら『やる!』。本当に心強かった」と一般のファンも含めた約1300人に見守られての式となった。おおいちょうとの別れは「髪の毛あって良かったな」と笑わせる一方で「(幕下に)落ちて3年弱。紫の締め込みで、おおいちょうでやりたかった」と名残を惜しんだ。それでも夫人の内助の功もあり、ファンが見守る中で節目の断髪式を言えられたことに「こんなに、たくさんの人が来てくれて、お客さんを入れてやって良かったなと思います」と、しみじみと話した。
この日の取材は、これまで公表を伏せていた晴香夫人(33)と結婚していたことを披露する場にもなった。「一生懸命さがあって、いつもテレビで観ていて気になっていた」という晴香夫人が19年8月の地元・埼玉の所沢巡業で「頑張ってください」という手紙と差し入れを渡したことをきっかけに交際が始まった。翌場所で幕下に陥落することが確実な状況で井筒親方も励まされた。翌20年の東京開催だった11月場所後の12月6日に婚姻届を提出し、同時に井筒親方の地元、愛知・春日井市で家族だけの挙式もした。その1年後にの21年11月には長男颯之佑君が誕生。その颯之佑君と断髪式で相撲を取ることを目標にしていただけに「夢がかなった」と感無量の表情で話した。

