ひとサジのスプーン上で完結したり、スポイトを使ったりする「極上の逸品」は体験したことがないので、ひがみがあることは先に言っておくが、美食家たちがぎゃふんと言わされるところが痛快だった。
今年のエミー賞で、あの「イカゲーム」をしのいで作品賞となったテレビシリーズ「メディア王」のマーク・マイロッド監督がメガホンを取った「ザ・メニュー」(18日公開)は、珠玉のディナーが恐怖の晩さんに変貌していく未知のサスペンスだ。
専用の連絡船で孤島のレストランに招かれた11人の選ばれた客たち。孤高のシェフ、スローヴィク(レイフ・ファインズ)によるフルコースを味わえるとあって、それぞれに胸を高鳴らせている。
グルメマニアの男(ニコラス・ホルト)に、パートナーの代役として急きょ誘われたマーゴ(アニャ・テイラー=ジョイ)だけが場違いな存在だ。
味覚も視覚も完璧な状態にいざなうスローヴィクの料理は、背景の説明と食べ方を指示する彼の前口上から始まる。客の数より多いスタッフは彼の命令一下軍隊のように規律正しく働き、料理を口にした客たちは一様に至福の表情を浮かべる。だが、かなりトリッキーな2品目から、マーゴだけは「何かがおかしい」と感じ始める。
とんでもない結末に向けて綿密に計画されたスローヴィクのディナーは、この想定外の客によってほころびが生まれる。
「なぜ残すんだ」
「私は自分のペースで好きなように食べたい」
シェフに1人逆らうマーゴにいつの間にか共鳴する。彼女の「常識」と、秘めた知性がシェフの計画を狂わせる。光量を絞った照明が2人の表情にほどよい陰影を付け、「対決」になんともいえない緊張感を漂わせる。ファインズの威厳とテイラー=ジョイのはじけっぷりがぶつかり、文字通り火花が見えるようだ。
マイロッド監督の演出はスローヴィクの料理のようにきめ細かく、次の展開を読ませない。
映画はグルメブームへの強烈な皮肉で幕を下ろすが、最終盤、マーゴがほおばる「コース外」のチーズバーガーの何とおいしそうなことか。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)