【先週のせりふ】「そのほう、どこぞで会うたことがあるな。熱田の海辺ではなかったか」「よく…、覚えておいでで」「わしはひと言でも話した相手は忘れぬ」

NHK大河ドラマ「麒麟がくる」(C)NHK
NHK大河ドラマ「麒麟がくる」(C)NHK

NHK大河ドラマ「麒麟がくる」10話で、明智光秀(長谷川博己)と織田信長(染谷将太)が初めて面会した約11分のシーンでのやりとりです。光秀も信長も、従来とは異なる人物アプローチが生き生きと話題の本作。節目の10話でいよいよ両者が相まみえました。あふれ出るそれぞれの人間味と、“まぜるな危険”のかすかな匂い。この2人が数十年後なぜ本能寺に行き着いてしまうのか、未知の物語性が一気に動きだしました。

信長の妻となった幼なじみ、帰蝶(川口春奈)を訪ねて那古野城入りした光秀が、狩りから戻った信長と出会う形でした。以前「信長がどんな人物か見てきてほしい」と帰蝶に頼まれた際、海辺でこそこそ漁師に変装していたところで遭遇しています。忘れていてほしそうな光秀の表情に笑わされ、「ひと言でも話した相手は忘れぬ」と手ごわいことをカジュアルに言う信長も刺激的。「よう分からぬお方じゃと申しておりました」とからかって両者を取り持つ帰蝶もさっそうとしていて、運命の3人の関係性をわくわくと見ました。

NHK大河ドラマ「麒麟がくる」(C)NHK
NHK大河ドラマ「麒麟がくる」(C)NHK

「黄金の日日」(78年)あたりからさまざまな戦国大河を見てきましたが、染谷将太さん演じる信長は本当に魅力的です。自信家の独裁者というこれまでのヒーロー像とは一線を画し、跡取りでありながら「母親のお気に入りではなかった」という挫折と闘ってきた努力の人。母親の愛情をしっかり受けて育った光秀とは対照的な陰陽があります。

海辺で釣りをするのは、子どものころ1度だけ母上がほめてくれたから。母を語る目が完全に死んでいるかと思えば、「今は漁師たちがほめてくれる。皆が喜ぶのは楽しい!」というピュアな涙目。自己肯定感の低さと、無双の自意識というややこしい自我を、染谷さんが抜群の熱量で立ち上げています。

6歳の家康の聡明な訴えをしっかり目を見て聞くくだりも、息をのむ名場面でした。偶然その場に居合わせる光秀というのもすごいですが、9話かけて丁寧に描写を積んでいるので、きちんと必然を感じられるんですよね。出会った人の懐にスッと入っていける光秀の魅力が隅々にあり、この作品の醍醐味を実感できました。

帰蝶役の沢尻エリカ降板により、出演場面の撮り直し、スタートの2週間延期という試練に見舞われた本作ですが、撮り直しが及んだとされる1~10話を無事に乗り越えたというのも感慨深いです。代役に川口春奈さんが発表された時は、ナイスキャスティングだと思って当コラムでも期待を綴りましたが、実際、伸び伸びと素晴らしいです。姫にふさわしい圧倒的な若さと、強さと気品がみずみずしくあり、彼女が戦国時代をどう立ち回っていくのかも楽しみです。

NHK大河ドラマ「麒麟がくる」(C)NHK
NHK大河ドラマ「麒麟がくる」(C)NHK

ホームドラマ大河みたいな作品が多くなったと感じる中、池端俊策ワールドは作家の世界観でぐいぐい見せる大河ドラマ本来の自由さがあって、見ごたえが広々。オリジナルキャラクターの駒(門脇麦)をはじめ、女性陣の描き方もさまざまな強さがあってすてきです。美濃の内紛、今川VS織田の攻防などこれからどんどん香ばしくなる展開に光秀がどう活躍していくのか、大いに楽しみたいと思います。

【梅田恵子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能記者コラム「梅ちゃんねる」)