今年のアカデミー賞は、13部門にノミネートされた大本命「シェイプ・オブ・ウォーター」がギレルモ・デル・トロ監督(53)の監督賞、作品賞など最多4部門でオスカー、6部門で7ノミネートの対抗馬「スリー・ビルボード」(マーティン・マクドナー監督)はフランシス・マクドーマンド(60)の主演女優賞、サム・ロックウェル(49)の助演男優賞の2冠と順当な結果だった。授賞式も粛々と進んだが終了後、米国内は騒がしくなっている。標的はNBAの元スター、コービー・ブライアント氏だ。かつてアカデミー賞の現地取材でタッグを組んだ村上幸将記者と、ロス在住の千歳香奈子通信員が、授賞式後の現地の最新情報を交えて総括します。

 -◇-◇-◇-◇-◇-

 村上 千歳さんは直前特集の予想が全て的中と、極めて順当な結果でした。授賞式前には、セクハラ問題を批判する俳優が黒い服を着るなど抗議運動を展開するか、2年連続で司会を務めたジミー・キンメル(50)がコメディアンとしてどういじり、批判するかも注目でしたが、ふたを開ければ例年と変わらず華やかで全くの無風状態でした。

 千歳 今回は90回の節目なので、セクハラ問題を取り上げたり、批判を展開する「Time’s Up(タイムズ・アップ)」運動は避けたのではないでしょうか? 最初にセクハラ被害を告白した女優のアシュレイ・ジャッドが、プレゼンターとして登壇し「自分たちが目にしている変化は『Time’s Up』に支えられている」とスピーチした程度でした。

 村上 キンメルも、授賞式前にABCテレビの取材に応じた中で「ノミネート作品に失礼なこと、招かれた関係者に不快な感情を与えるような司会はしたくない」と語った通り、過度なツッコミや発言はなし。セクハラ問題についても式の序盤でオスカー像を前に「像は手も表に出しているし男性器もついていない」などと口にした程度でした。

 千歳 ケビン・スペイシーらセクハラ問題でたたかれた当事者も出席しませんでしたし、いじる相手もいなかったのでしょう。90年の節目をぶち壊したくないという、主催の映画芸術科学アカデミーの思惑も感じられました。

 村上 キンメルは授賞式の最中に、会場隣のチャイニーズシアターの第6劇場に移動し、スクリーンでライブビューイングを見ていた一般の観客にホットドッグやお菓子を配るサプライズをしました。その中で「映画を見てくれる皆さんに、ありがとうと言いたくてサプライズをしに来た」と言いました。オープニングも無声映画を思わせる白黒映像のレトロな作りで、映画への愛、リスペクトを押し出した授賞式だったと感じました。

 千歳 「純粋に映画を楽しもう」というメッセージを発信したかったのではないでしょうか?

 村上 ファンタジー作品で、どの世代も楽しんで見ることが出来そうな「シェイプ-」に作品賞と監督賞、娘を亡くした母と警察の過激な戦いを描きつつも、役者の演技を楽しめる「スリー-」に主演女優賞と助演男優賞を授与した配分にも、映画らしい映画を選んだ意図があったのでは?

 千歳 それが授賞式後、米国では批判が起き始めています。

 村上 なぜですか?

 千歳 批判の矢面に立たされているのは、短編アニメーション賞を受賞した「ディア・バスケットボール」で描かれ、登壇してオスカーを手にしたコービー・ブライアント氏です。同氏は、03年にホテルの受付嬢を部屋に誘ってレイプしたとして訴えられた過去があります。裁判では肉体関係は認めたものの「合意の上だった」と答え、一方で女性もタレント志望だったことから「売名行為だ」とバッシングを受け、訴えは04年に取り下げられましたが、セクハラ問題が過熱したままのこのタイミングで、ブライアント氏にオスカーを渡すのは、いかがなものか? とインターネット上が炎上しています。

 村上 スペイシーも、30年以上も前の出来事でたたかれ、降板などを余儀なくされましたが、ブライアント氏も過去を蒸し返され批判されているんですね。

 千歳 「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」(ジョー・ライト監督、30日公開)で主演男優賞にノミネートされ、初のオスカーを獲得したゲイリー・オールドマン(59)も、ノミネート後の2月に3番目の妻で写真家のドーニャ・フィオレンティーノさん(50)から家庭内暴力(DV)を告発された上で受賞しました。それで授賞式後、「なぜ、オールドマンは釈明しないんだ」などと批判が出ています。ブライアント氏の件もそうですが、当事者同士にしか分からない過去の話で、かつ有罪にもなっていません。彼らの人格と演技への評価は関係のないことですから…オールドマンの演技は素晴らしかっただけに、授賞式後の批判は残念ですね。

 村上 オールドマンはともかく、主要賞ではない短編アニメーション賞に、セクハラ問題の“火種”があるとは…映画芸術科学アカデミーにとっても、盲点だったのでは?

 千歳 米国では授賞式前に、一部でブライアント氏の受賞の可能性に疑問を呈する向きもあったのですが…受賞し、登壇してスピーチまでしてしまった段階で、映画芸術科学アカデミーはミソをつけてしまったことに気付いたかも知れませんね。それでも、授賞式で俳優陣が黒い服を着たり、批判行動に出なかったことで、アカデミー賞の権威は守られたと思います。俳優が授賞式の際にそうした動きに出た、ゴールデン・グローブ賞や英国アカデミー賞との格の違い、映画への愛は見せたと思います。

 順当かつ無風だった今年のアカデミー賞授賞式だが、「Time’s UP」運動は継続されるだけに、今後、何らかの動きが起きる可能性は否定できない。