8月11日に米寿を迎えた女優の岸惠子が先日会見した。

10月3日の東京・新宿文化センターを皮切りに全国8回にわたってトークショーを開催するという。すっと伸びた背筋、滑らかな語り口は年齢を感じさせない。「若さの秘訣(ひけつ)」を聞かれると、「まるで88歳にしては若い、というだけが私の取りえみたいな質問ですね」と冗談めかして切り返した。

映画「君の名は」3部作(53~54年)の大ヒットで国民的女優となり、仏人監督イブ・シャンピさん(享年61)と結婚。サルトル、ボーヴォワール、コクトーらとも親交があった。「オールタイム・ベスト女優」(キネマ旬報)では日本女優7位である。いまさら言うまでもないが、もはや歴史の一部と言える存在だからこそ、その若さがますますまぶしいのだ。

「コロナ前も今も、ごまかしのない生き方をしてきたので、生きる姿勢に変わりはありませんね」とも。だが、毅然(きぜん)としたこの人もコロナ禍と無縁というわけにはいかない。

「実はこの5月にパリに行くつもりだったんですよ…」

シャンピさんとの間にもうけた1人娘の麻衣子さん(58)はオーストリア人作曲家と結婚してパリ住まい。そこには男の子の孫2人もいる。

国際女優の草分けとして結婚当時を「まだ海外渡航がほとんどない時代で、『祖国を捨てる』くらいの気持ちでフランスに渡りました。行き来自由の今ではウソのような話ですけど…」と振り返る。コロナ禍で、そのウソのような時代そのままに国境の「壁」が高くなった。人一倍痛感しているのだろう。

現在は横浜住まいだが、パリには築400年を超えるもう一軒の自宅がある。3年前には建物の老朽化で階下の床が抜け落ちる事故があった。

「落ちたのは3階。私の住まいは4階なので直接被害はなかったのですが、何しろ事故以来、見に行くこともできていない。傷んでいるところもあるでしょうし…麻衣子がリフォームしてくれて、写真を送ってくれたのでちょっとほっとしましたけど」

建物があるのはパリでも最古の街並みが美しい高級住宅地サン・ルイ島の一画だ。歴史的な女優と歴史的建造物、そしてどちらも「現役」である。コロナ禍でパリ行きはだいぶ先になりそうだが、この人の話を聞くたびに次元の違うスケールの大きさを感じるのも確かである。