松本幸四郎(48)が東京・歌舞伎座「八月花形歌舞伎」(同3~28日)の第3部「源平布引滝 義賢最期」で、義賢に初役で挑む。名将木曽義仲の父義賢が、壮絶な死を遂げるまでを描く物語。このほど行われた取材会で演目や興行に対しての思いを語った。

本来なら同演目は、昨年4月に香川・金丸座で上演するはずだった。片岡仁左衛門の指導を仰いでいたところ、新型コロナウイルスの影響で、公演が中止になった。幸四郎は「松嶋屋のおじさま(=仁左衛門)に教えていただいたことがいつか形になるように願っていました。いつも以上のいろんな思いがあります」と話した。

金丸座での公演は、父松本白鸚と、自分自身の襲名披露興行でもあった。2年にわたって行ってきた襲名披露興行を締める公演でもあった。幸四郎は「襲名披露の演目で初役は珍しい。やろうと思う自分の勇気にあきれた」と笑うが、それほど公演にも演目に対しても並々ならぬ思いがあった。「またご縁があってうれしい。気が引き締まる思いです」としている。

昨年春から夏にかけ、歌舞伎興行は相次いで中止になり、歌舞伎座での興行はようやく同8月から再開した。幸四郎は再開の興行に出演しただけでなく、中止が続く時期から配信歌舞伎を行うなど、歌舞伎の発信に積極的に取り組んできた。

「八月花形歌舞伎」は再開してちょうど1年目の興行となる。当時の気持ちを「12カ月歌舞伎座が開く最初の月だと思っていた」と言いつつ、幸四郎は「まだまだ振り返るような話ではなく現在進行形。お芝居なのか、公演形態なのか、半歩でも進むことを考えないといけない」と、歌舞伎界全体を考え、総括には時期尚早だととらえている。

状況が日々不安定なことも気になっている。昨年8月以降は1年通して歌舞伎座での興行は行われたが、途中中止もあった。今年4月、白鸚と幸四郎が交代で「勧進帳」の弁慶をつとめたが、緊急事態宣言発出で最終盤で中止になった。

幸四郎は「さすがに泣きました。言ってはいけないのかもしれませんが、正直な気持ち、悔しかったです。父が弁慶をやるという決断をした思いを考えていました。全公演やってほしかったという思いです。父の弁慶が予定より少なくなってしまった。そういう悔しさです」と苦しそうな表情を見せた。笑いながら「だから『今度は1カ月やってください』と(父に)お願いしている」と付け加えることも忘れなかった。

新作歌舞伎への思いも語った。感染対策の徹底で稽古時間などの制限がある中、新作を作るにはハードルが高い。それでも昨年の国立劇場での公演で、約45分の中にさまざまな演目の見どころ、役どころを詰め込んだ新作を上演した。

新たな構想を聞かれ、ジョークとサービス精神を発揮した。「『鬼滅の刃』が新作に適してると耳にしますね」と切り出し「版権の問題があるので、『鬼滅の刀』にすればいい。お客さまが来たら、『なんだ、刀かよ~』、という風になるという作戦です。こちらは、へえ似てる作品があるんですね、知らなかったなあ、って(笑い)」。

冗談で取材会を締めくくったが、常に歌舞伎のために何ができるのか、どんなことがおもしろいか、を考えているからこそ、どんな質問にもいろんな球を投げ返す。半歩進むための挑戦は続く。【小林千穂】