劇団民藝は29日、同劇団代表で女優奈良岡朋子(ならおか・ともこ)さん(本名同じ)が23日午後10時50分、肺炎のため東京都内の病院で亡くなったことを公式サイトで発表した。93歳。

同劇団の演出家でめいの丹野郁弓氏がコメントを寄せた。

 

以下、丹野氏の全文

 

私が死んでも絶対葬式はやるな、これは私の遺言だ、と奈良岡朋子は常々言っていた。その口調は宣言にも似て強かった。だからこんな形でしかご報告できないことをどうぞお許しください。

白いタンスの上に彼女は小さな祭壇めいたものを作っていた。両親の写真に並べて、杉村春子さんの扮装写真、石原裕次郎さんのプライベートスナップ、美空ひばりさんの楽屋の写真が飾ってある。宇野重吉先生の写真は、無い。滝沢修先生から頂いたという綺麗なグラスに水が入っている。たまたま起きぬけの彼女を見たことがあった。彼女はグラスの水を替え祭壇に手を合わせた。唇がかすかに動いている。目を閉じた彼女の横顔が忘れられない。どうせ、もう少しだけ舞台をやらせてください、とでも祈っていたのだろう。

彼女の演技には客観性がある。戯曲の読み込みも深い。ダメ出しに応じてたちどころに一から十まで変えて見せる確かな技もあった。そしてここぞという一瞬にダイナミックに気持ちを籠める。冷静さと計算と感情を優れたバランスで持ち、表現できる稀有な女優だった。叔母を亡くした悲しみよりもあの演技を二度とと見ることができない寂寥感の方が強く私を襲っている。

稀代の晴れ女でもあった。今日の劇場の搬入口は屋根が無いので奈良岡さんお願いしますね、と言うと、任せときなさい、の一言で本当に雨が止む。止むどころか真夏にピーカンにされたこともあった。ところが亡くなった3月23日の夜は雨だった。小糠雨に打たれながら、ああ、もういいや、と奈良岡さん思ったな、と私は呟いた。

奈良岡朋子、享年九十三歳、満開の桜の下、ほぼ七十五年にも及ぶ舞台人生の幕が下りた。

 

丹野郁弓