是枝裕和監督の「怪物」が脚本賞(坂元裕二)に輝き、ドイツのヴィム・ヴェンダース監督の「パーフェクト・デイズ」で役所広司が主演男優賞となった。北野武監督の「首」も好評価を得た。今年のカンヌ映画祭では、例年以上に日本の映画人の動向が注目されたと思う。

ドレスアップした出演者がレッドカーペットを歩き、上映後のスタンディングオベーションの長さが現地紙に詳報される。76回を迎えてますます洗練されながら、いつか見た光景が今年も繰り返された。一方で、時代を感じさせる変化もある。

何度か現地取材した80年代後半には「恒例行事」だったものが今は跡形もなくなっている。会場近くのビーチで新人女優がヌードを披露するにわか撮影会だ。

世界中のメディアが集まる映画祭に便乗して、売り出し中の女優が露出の多い衣装で現れ、やがてははらりとその衣装も落としてしまうスタイルだった。

エージェントも絡んだ事前告知があり、レッドカーペット並みにカメラマンが集まった記憶がある。若い人には信じられないかもしれないが、09年に禁止令が出るまでは欠かせない「名物」だったのだ。

黒澤明監督の「夢」がオープニング上映作品となった90年には、近郊のアンチーブ岬から監督がヨットでそのビーチに乗り付ける、バブル期を象徴するような演出もあった。そのアンチーブ岬で監督が泊まっていたのが最高級のオテル・ドゥ・キャップ。スタッフからホテル内はすべて現金精算と聞かされた。現在はキャッシュレス決済できるようだが、当時も海外旅行はクレジットカードがスタンダードになりつつあったから、名門ホテルならではの威厳とはそういうものなのかと妙に感心したことを覚えている。セレブ御用達の宿泊料は桁違いだったから、チェックアウト時の札束のカサが頭に浮かんだ。

取材の舞台裏でも、今昔の違いは少なくない。

マッチョ俳優のライバル心から微妙に距離を取っていたシルベスター・スタローンとアーノルド・シュワルツェネッガーが初めてパーティーで顔を合わせたのも90年のカンヌだった。時間差で現れた2人は関係者の目を意識してか仲良くダンスを披露したのだが、照れもあってわずか数十秒。たまたま居合わせてシャッターチャンスに恵まれた。ちょっとした「スクープ写真」である。

今なら即座にパソコンから送信するのだが、フィルムカメラの時代である。今では街中から姿を消したワン・アワー・ラボと呼ばれる写真店で現像したフィルムを、契約社のAP通信の支局に持ち込み、日刊スポーツの写真部に電送してもらうという段取りだった。

フランス人のAP支局員は英語で「素晴らしい写真だ!」と言いながらしきりにこちらの表情をうかがう。それまで何かと便宜をはかってもらっていたこともあり、自社用のベストショットを電送してもらった後、3番手くらいの1コマをAP配信用に進呈した。「撮影者として君の名前をクレジットしよう」という申し出は辞退した。

プチッと送信で完了する簡略化時代には、想像しにくいタイムラグもある。数日後、帰国して紙面を確認すると、何と使用されていたのはその3番手の写真。ご丁寧に(AP)とだけクレジットされていた。

一方で、新たに生まれた今風の賞もある。昨年からは「#TikTok Short Film コンペティション」が映画祭の中で開催されるようになり、今年は「カメラを止めるな!」で知られる上田慎一郎監督の「レンタル部下」がグランプリを獲得した。2年連続の日本人受賞という。デジタル対応の遅れが指摘される中で、喜ばしい連覇には違いない。【相原斎】