10月8日に74歳で死去したシンガー・ソングライターの谷村新司さんを送る会が12月11日に、東京・高輪のグランドプリンスホテル新高輪「飛天」で、約600人が参列して行われた。この日は谷村さんの『75歳』の誕生日。会場の飛天は、40年前に谷村さんが初めてディナーショーを開催した場所だった。会場前には焼香台が設けられ、谷村さんのギターや帽子など、ゆかりの品々が並べられた。参列者には、谷村さんが大好きだった赤ワインは振る舞われた。
送る会のタイトルは「喝采」。会場に巨大なスクリーンが設けられ、この日のために特別に編集されたフィルムコンサート形式で進められた。谷村さんの歌声を聴き、参列者が「喝采」をして谷村さんを送る、という趣旨だった。
会のサブタイトルとして「先に逝くもの 残されるもの 残されるものも やがて逝くもの 大いなる旅を行け」という言葉が添えられた。谷村さんが17年に作詞作曲して発表した「流星」の歌詞である。
会の発起人には、森喜朗元首相、作曲家・千住明氏、黒柳徹子、加山雄三、文化庁長官で作曲家の都倉俊一氏、音楽評論家で作詞家の湯川れい子氏らが名を連ねた。発起人代表は元フジサンケイグループ代表の日枝久氏が務めた。
司会は音楽番組「ミュージックフェア」などで長年親交のあったフジテレビ軽部真一アナウンサーと、NHK時代から親交があった有働由美子フリーアナウンサーが担当した。
「流星」「冬の稲妻」「チャンピオン」「いい日旅立ち」「三都物語」「サライ」「日はまた昇る」「群青」。そして生前、最後の歌唱となった「夢のその先」など、谷村さんの歌唱映像がスクリーンに映し出された。歌唱を終えるたびに大きな拍手が響いた。
アリスの盟友の堀内孝雄は「彼に報いることは、変わらずに頑張ること。残された者の責務として、これから先も歌っていくことが大事」と話した。今、送りたい言葉を問われ「さみしいです」と話した。
湯川氏は「言葉の紡ぎ手として、日常のさりげない風景をこれほど見事に言葉にした人はいなかった。日本の小さな島を越えて、もっと大陸的な、地球の、さらに上のメロディーを紡いだ人。すごいと思う」と話した。
思い出が多すぎるという加山は、谷村さんを自宅に招いて食事をした逸話などを披露した。送る言葉として「ご苦労さま、ありがとう。そっちでまたサライ歌おうぜ」と呼びかけた。
中国の呉江浩駐日大使もあいさつした。谷村さんはアリスで中国コンサートを行い、上海音楽学院で教えるなど、中国との関わりは深かった。呉大使は王毅外相が哀悼の意を表明したことを明かした。そして「中国に日本語を話せる人は105万人いる。『昴』を歌えない人はほとんどいません。同曲を中国語版で知っている人は億単位でいます。絶大な影響力です。中国のファンを代表して、無念の気持ちと、敬意を表したい」と話した。
最後はその「昴-すばる-」の歌唱映像が流れた。有働アナウンサーが「携帯電話のライトを付けてください。それをかざして、一緒に歌ってください」と促した。照明が落とされた会場は、携帯のライトで、星団のようにキラキラと輝いた。谷村さんの歌唱に合わせて大合唱が響いた。
喪主の谷村孝子さんが終演のあいさつをした。「谷村の人生は本当にドラマチックだったと思います。誕生日に喝采で送っていただいたこと、生涯忘れません」と万感の思いで話した。
参列者には「2023年12月11日」の日付が刻印され、「流星」と「昴-すばる-」が収録されたCDが配られた。CDのジャケットには「先に逝くもの 残されるもの 残されるものも やがて逝くもの 大いなる旅を行け」の谷村さんのメッセージが記された。誰もが、振り返らず、明日を強く歩んでいこう、と誓っていた。【笹森文彦】



