宮崎駿監督(72)5年ぶりの新作アニメ映画「風立ちぬ」(20日公開)で主演声優に初挑戦した庵野秀明監督(53)が、日刊スポーツの単独インタビューに応じた。人気アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」シリーズを手掛けたことで知られる庵野氏だが、1984年(昭59)に宮崎氏の「風の谷のナウシカ」に原画スタッフとして採用されてから29年。師と仰ぐ宮崎氏と作り上げた同作への思いと、師へのリスペクトを口にした。

 庵野氏は6月24日に都内のスタジオジブリで行われた会見で、ほほ笑んだ。宮崎氏が自分の作品を見て初めて泣いたからだ。「情けない。本当にみっともない」。その姿を横目に「宮さん泣くんだ。見られて幸せ」と言った。

 「全部撮り終わった時に宮崎さんが本当にうれしそうだった。やって良かったなと思います。本当にニコニコしてました」

 スタジオジブリの録音スペースは、宮崎氏がいる1階のコントロールルームと地下1階に分かれるが、庵野氏がヒロイン里見菜穗子役の滝本美織(21)に指示を出していたという。宮崎氏は「庵野を下の監督と呼んだら、最後は上の監督になってお節介と助言を受けた」と笑った。

 「アニメはしゃべるタイミングから芝居の表情まで出来ちゃっているので、合わせる技術的なものは多少言いました。あとは横で聞いていて、これがいいと自分でも思うので『さっきの方がいい』と」

 幼少の頃からアニメにはまり、84年「風の谷のナウシカ」の原画スタッフに採用されて上京して宮崎氏と出会った。作品を代表するキャラ「巨神兵」を描き、再び一緒に仕事をしたいと熱望しながら、互いの作風を批判し合った時期もあったが、このたび、宮崎氏から「現代で一番傷つきながら生きていることが出て、ギザギザした声がいい」と主人公堀越二郎役を演じるように要請された。

 「(宮崎氏は)30年前と変わらずにブレない人。今回は、やれと言われたからやりました。マイクの前に立つのは本当に大変。(声優は)意外と体力を使う。やっぱり、体力仕事です」

 言葉にはリスペクトが込められているが、すべてを宮崎氏から学んだわけではないという。

 「ものを作るというのは、どういうことかというのを横にいて感じたくらい。言葉で幾つかもらったわけじゃないです」

 その上で、宮崎氏を「72歳を過ぎて、ちょっと大人になった」と表現した。

 「『風立ちぬ』は子どもを意識していないのが良かった。そこが一番大きいと思う。宮崎さんは基本的にアニメを子供に向けて作っています。アニメに関してだけはかたくなに子ども向けというのを、自分の中のかせのように守っていたから。それが薄くなった」

 「風立ちぬ」を作りながらでも、宮崎氏の変化に気付いたという。

 「この作品を作っている途中に変わったと思います。鈴木敏夫プロデューサーが大きいと思います。宮崎さんはNO・2が一番、向く人。誰かが決めたことを宮崎さんがきちんと映像にしていく、というのが一番幸せじゃないかと思う。宮崎さんが幸せなところは、鈴木さんがいること。鈴木さんがいてこその、今の宮崎さんだと思う」

 自分自身も、「監督向きじゃない」と断言する。

 「無責任なので、一番責任を取らなきゃいけない仕事には向かないと思います。映像に関するあらゆる監督は、一番いなくていいポジション。実際に監督がいなくてもものは作れますが、監督がいないと決定ができない。必要なのは、そこだけ。(振り返ると)アニメが好きでしたが、仕事に就くとは全然思っていなかった。やりたいわけではなく、なっていった。運が良かった。子どもの頃から、ただのオタクですから」

 ラブシーンもあり、妻の漫画家安野モヨコ氏には見せたくないと言っていたが、「試写会で嫁さんが見て泣いていたので良かった」と笑みを浮かべる。

 「(『風立ちぬ』は)僕の作りたいものではないです。見たいものではありますけど自分で作るものではないです。(描かれているのは)きれいな日本。多分、宮崎さんの原風景が入っているとは思うんですけど精神的なものがきれいなところを描いているのがいいですね。全ての日本人に見て欲しい、というのはありますね」

 数年前から、アニメの表現に限界を指摘している。今後について聞いた。

 「表現方法、形態ですね。見せ方、作り方を含め。難しいんじゃないですか?

 業界含め、行き詰まっていると思います。(自分は)いやぁ…どうなんだろう。その時、出来ること、やれることをやる感じですね。今はアニメですけど」【取材・村上幸将】

 ◆庵野秀明(あんの・ひであき)1960年(昭35)5月22日、山口県宇部市生まれ。幼少時からアニメや特撮に傾倒。高2で8ミリフィルム機材を購入し、実写やセルアニメの制作を開始。80年に大阪芸大に進学後も制作に没頭し、82年のTBS系「超時空要塞マクロス」の制作に参加するも、大学は授業料滞納で放校処分。88年の「トップをねらえ!」で商業作品の監督に挑戦し、95年のテレビ東京系「新世紀エヴァンゲリオン」が大ヒット。漫画家安野モヨコ氏と02年に結婚。声優は、02年アニメ「アベノ橋魔法☆商店街」で1話だけ務めている。

 ◆「風立ちぬ」

 堀越二郎(庵野氏)は、少年時代からイタリア人飛行機設計者カプローニ氏(野村萬斎)に憧れ、美しい飛行機を作りたいと夢を抱き成長した。時を経て、大学に通い出した二郎は、関東大震災の最中に菜穗子(滝本)に出会う。その後、就職し、ドイツなど海外列国を回るなどして、優秀な飛行機設計者に成長した二郎は、菜穗子と再び出会い恋に落ちるが、菜穗子は結核に倒れる。