一昨年の「セールスマン」にもすっかりやられた。日常生活に忍び込む深刻な事件、主人公の夫妻が出演する舞台劇との二重構造、そして予想外の結末…イランのアスガル・ファルハーディー監督(46)の作品は終始サスペンス・タッチの緊張があって、人間ドラマとしてもとっても濃い。

6月1日公開の新作「誰もがそれを知っている」は、スペインの田舎を舞台に、同国出身のペネロペ・クルス(45)ハビエル・バルデム(50)夫妻を主演に迎えたぜいたくな作品だ。

ぜいたくというのは、夫妻がクランクインの5年前から監督のオファーを受け、話し合いを重ねながら練り上げているからだ。年齢的にも脂ののりきった3人が、ゆったりと時間を重ねて作りあげた作品は大胆で緻密だ。

豊かな自然に囲まれたスペインの村。ラウラ(クルス)は妹の結婚式のため、思春期の娘とともに嫁ぎ先の南米アルゼンチンから帰省する。温かい再会の数々、顔見知りがそろった晴れやかな結婚式…だが、宴(うたげ)が深夜に差し掛かった頃、娘が姿を消す。そして誘拐犯から身代金要求のメールが届く。

15年前にスペイン南部を旅行したときに、この映画の元となるアイデアがひらめいたというファルハーディー監督は、その後何回も現地を訪れて人々とふれあい、さまざまなエピソードを聞いた。物語の背景には小さな村ならではの地縁、血縁の濃密な人間関係がある。

明るい宴の裏側には、それぞれのドロドロとした思いが潜んでいる。ラウラと幼なじみパコ(バルデム)の秘められていたはずの過去の恋愛関係は、実は誰もが知っている。両家の間の土地を巡る確執も浮かび上がる。事件を聞いてアルゼンチンから駆けつけたラウラの夫(リカルド・ダリン)も、羽振りの良さそうな外見とは裏腹に事業に行き詰まっていた。

親族の間の嫉妬や恨みも少しずつ浮き彫りになる。地縁で言えば、結婚式のビデオ撮影を担当していた近くの更生施設の青年たちにも疑いの目は向けられる。

暗部のあぶり出し方のさじ加減が絶妙で、いつの間にか「謎解き」にからめ捕られる。昼夜の時間経過、次々に転換する場面に濃い人間ドラマがからんで、スピード感もある。

ラウラの父親役ラモン・バレアの威厳、犯人捜しの相談役となる元警官(ホセ・アンヘル・エヒド)のどうしようもない軽さ…。登場人物は多いのだが、それぞれに個性的で顔と役回りがしっかりと印象に残る。

クルスとバルデムが実生活で夫婦であることも誰もが知っていることだが、そんな2人の信頼し合った演技のやりとりもこの映画の厚みとなっている。

【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)