斎藤工、39歳。俳優業に加え、12年に齊藤工名義で映画監督デビューし、国際映画祭で受賞する活躍をみせている。2日に公開された「ゾッキ」では、監督業に踏み切るきっかけを与えてくれた竹中直人(65)と、初監督の山田孝之(37)と共同監督を務めた。その撮影現場に、斎藤は子どもを持つスタッフのために託児所を設けた。演じ、作り、業界を変えていこうと突き進む今の思いを聞いた。

★世界が横一線

「ゾッキ」は漫画家・大橋裕之氏の同名初期作品集の作品群を、1本の長編映画にした作品。竹中が舞台の楽屋で出合った原作の映画化を決意し、直感で斎藤と山田に声をかけた。つげ義春氏の漫画を実写化した91年の竹中の初監督作「無能の人」に影響を受けた斎藤に断る理由はなかった。

「映画人である竹中さんが、監督をするという使命感をもって夢をかなえた題材が、つげ先生の漫画という、めちゃくちゃニッチなところだったことと『無能の人』という衝撃ですね。つげ先生の作品も大好きなんですが、竹中さんが撮られた映画にものすごい作家性を感じた。どうしても描きたいものを撮る…監督するって、そういうことだと思う。時を経て、つげ先生と大橋先生に共通する何かもある気がして、竹中さんがまた交点を持つのを近くで見たいというのが参加理由の1つだったかも知れない」

コロナ禍の中、映像や音楽を定額配信で楽しむサブスクリプションが日本でも広まり、世界中の作品が楽しめる状況となった今こそ、日本のエンターテインメントの転換期だと考える。

「今までは、季節によってドラマをスタートさせる何となくの決まりで、企画を出し、似たような役者さんが…みたいな物語をシャッフルしてやっているものが何となく認知されてきた。海外で評価された映画のまねごとを背伸びしてやる作品も、いまだに多い。けれど、今や世界のクオリティーが横一線になり、僕らが目と耳で何を選ぶかという時代。テレビを持っていない若者がたくさんいて、配信を含めた届き方も変わってきている。グレーなものが許されなくなっていくのかなと…すごくいいこと」

「ゾッキ」が描く、ありふれた日常を生きる人々の物語に可能性を見いだす。

「日本では、似合わない服をずっと着ているような気がしていて、それ以上に似合う人たちが、ちゃんとサブスクリプション(の先の世界)にいる。じゃあ、日本映画はどこに向かえば良いのか? 方向性としては、大橋先生の描く世界…半径数メートルのリアルで、背伸びしたかかとを地に着け、自分の足元にある、呼吸するようなドラマ。大橋先生や、つげ先生が描くニッチでシニカルで、誰しもが心当たりがある“そこにあるもの”が1つ、選択肢としてあるんじゃないか。日本映画の流れの中で、何げない日常って結構、国民性として外から見たとしても主となるものなんじゃないか」

★託児所を設置

大橋氏の出身地・愛知県蒲郡市の支援を受けて20年2月に行った撮影では、現場に託児所を設置した。出産や育児で業界を離れる女性の姿を見続け、才能が失われていくことに疑問を覚え、自身の監督作で19年から行ってきた取り組みだ。

「海外での撮影を経験すると、製作スタッフの人権が家族という単位で守られる、健全に仕事を出来る環境が当たり前にある。(託児所があれば)スタッフの子どもさん同士のコミュニティーも出来るし、すごく大事だなと。どこか日本って、我慢前提の上にシステムがある気がしていて…僕ごときが、何かを変えられるとは全く思っていないですけど、小さなのろしは上げられなくもない」

託児所は次代の映画人を育成する“苗床”になる可能性もあると考える。考えの根底にあるのは、俳優を選択した自らの人生だ。

「父親が映像制作の人間だったので小さい頃から(現場に)よく行っていた。子ども心におやじが何しているか、斎藤家は何でご飯を食べているかが何となく感じられた。父の何を見てというよりは、現場に行かせてもらったことで感じた何かで、エンドロールに名前が載るチームの一員になりたいという漠然とした願いがあったので結果的に将来の職業になったのもある」

東日本大震災を機に、14年に始めた移動映画館「cinema bird」も、被災地や途上国の子どもに劇場体験を届けたいという思いから続けている。

「今、映画館に行くのが、なかなか大変ということもあって、生まれて初めて映画を見る子は毎回必ずいる。作品を浴びる感覚とか、知らない人と一緒に空間、作品をシェアするという、自宅じゃ得られない感覚を1日だけでもお届けできたらなと。僕がスクリーンという窓から、いろいろな世界を見せてもらって自分の可能性が広げられた…その原体験から全てが始まっていると思います」

★知名度の価値

20年には、コロナ禍が直撃し、存続の危機に立たされた単館系の映画館を救うクラウドファンディング「ミニシアター・エイド基金」に賛同し、先頭に立って支援を訴えた。活動の中心には常に映画がある。

「俳優、監督としてだけじゃなくて、いろいろな立ち位置で自分なら出来ることがあるという中心に、映画があるとは思ってるんですけど、グルグル回っている感じ。振り返ると散漫というか…。これというものを見つけ、研ぎ澄ましていく人間の美しさに憧れはあるんですけど、自分なんかはまだまだ、見つかっていなくて。ただ、映画の近くというところだけは何か、確証があるぞ、というのはある」

自身の活動を支える知名度について、考え方が変わった瞬間があった。

「この時代に公人であることはリスクしかない。弓矢が向けられ、放たれる前の状態がずっと続いている感じがする。でも(18年の)西日本豪雨の時、現地で土砂をかいていた時に大変な思いをされた地元のおばあちゃんが『朝ドラに出ていた、何か変な映画監督の役の人だよね』って言って。(NHK連続テレビ小説)『半分、青い。』が放送していたので…ちょっと元気になった。朝ドラに出ていて良かったと単純に思ったし、表に出ていることに初めて価値を感じた」

斎藤工は今後、どこに向かうのか?

「出来そうだと思ったことを信じ、自分を生かした何かが出来て…そんなことをやっていいんだと、下の世代の選択肢が広がる何かをしていきたい。日本は我慢の上にあるルールが、いろいろなところで目立つ国だと思う。小さい穴でもあけられそうな時はあけていこうかなと思っています」

映画の力を信じているから、斎藤はこれからも、ずっと映画を伝え続ける。【村上幸将】

▼「ゾッキ」で共同監督を務めた竹中直人(65)

自分を貫いている姿がかわいすぎる…。とにかくかわいい。信じきれないくらいすてき。(監督、役者という)肩書で人を見たことはありませんが、たくさんの可能性を秘めている人。柔らかそうに見えて力強い魅力。1度、僕の演出で工のお芝居を独占したい欲に駆られてしまいました。いつかぼくの監督映画に主演して下さい! お願い致します!! それを夢みてもう少し生きます! うおー!!!

◆斎藤工(さいとう・たくみ)

1981年(昭56)8月22日、東京生まれ。パリコレクションなどモデルの活動を経て、01年に映画「時の香り~リメンバー・ミー~」に主演し俳優デビュー。12年に短編映画「サクライロ」で監督デビュー。監督は齊藤工名義で、18年の初長編「blank13」で上海映画祭アジア新人賞部門最優秀監督賞受賞。写真家としても近年、フランスのルーブル美術館で作品が展示。主な出演作は17年「昼顔」、19年「麻雀放浪記2020」など多数。主演映画「シン・ウルトラマン」の公開が控える。

◆「ゾッキ」

竹中が監督・企画、山田が監督・プロデューサー、斎藤は監督を担当。キャストは吉岡里帆、鈴木福、満島真之介、倖田来未、竹原ピストル、松井玲奈、石坂浩二、松田龍平、国村隼ら、そうそうたる面々がそろった。

(2021年4月4日本紙掲載)