降旗康男さん死去、盟友高倉健さんとマッチした感性

「駅 STATION」「鉄道員(ぽっぽや)」など高倉健さんと組んで数々の秀作を生んだ映画監督の降旗康男(ふるはた・やすお)さんが20日、肺炎のため、都内で死去していたことが26日、分かった。84歳。長野県出身。東映が明らかにした。

17年公開の「追憶」の撮影終了後しばらくしてからパーキンソン病を発病していた。

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高倉さんとのコンビで「新網走番外地」シリーズのほか、「冬の華」「あ・うん」「ホタル」「あなたへ」など滋味あふれる人間ドラマを紡ぎ出した降旗監督が20日午前9時44分に旅立った。

通夜・告別式は、生前の故人の遺志により、近親者のみの密葬で執り行われた。喪主は妻の典子(のりこ)さんが務めた。無宗教のため戒名はないという。密葬では愛飲していた日本酒「久保田千寿」と愛用のめがね、時計が祭壇に供えられた。大好きだったポルトガル民謡「ファド」が流されたという。お別れの会なども一切行わない予定。

1957年(昭32)に東映に入社し、66年「非行少女ヨーコ」で監督デビュー。東映時代は菅原文太さん主演「現代やくざ」シリーズや高倉健さんとコンビを組み名作を生み出してきた。74年に東映を退社。フリー転身後も高倉さんとともに、合計20作品を残した。

中でも99年公開の「鉄道員(ぽっぽや)」は降旗監督の代表作で、高倉さん主演作品として話題を集めた。降旗監督は「戦後の日本を支えた男の代表的な存在として主人公を描きたかった。そう高倉さんにも伝えたら(出演を)OKしてくれた」と当時話していた。同年5月に公開されると興行収入20億円を稼ぐ大ヒットとなった。モントリオール映画祭、アジア太平洋映画祭に出品され、日刊スポーツ映画大賞でも作品賞、高倉さんがともに主演男優賞を受賞。日本アカデミー賞最優秀監督賞、最優秀脚本賞を受賞した。

14年に高倉さんが亡くなった際には「残念の一言です。無念です」と話した。「健さんを撮るのが楽しみ」が口癖なほどの盟友だった。降旗さんの寡黙で、現場全体に目を凝らし包み込むような演出が高倉さんの感性にマッチした。コンビを組む木村大作カメラマンの声が大きいため、初参加の俳優は木村を監督と勘違いすることもあったという。

遺作となった映画「追憶」(17年)で主演した岡田准一(38)について、降旗監督は「人間に内在する“陰”を演じきれる日本映画界では数少ない主演俳優」と高く評価をしていた。この撮影が終わって間もなく、降旗監督はパーキンソン病を発病。療養生活を送っていたが、今年4月中旬に体調を崩して入院。その後、肺炎を患い、回復しないまま天国へ旅立った。

◆降旗康男(ふるはた・やすお)1934年(昭9)8月19日、長野県生まれ。東大卒業後、57年に東映入社。66年「非行少女ヨーコ」で監督デビュー。同年「地獄の掟に明日はない」で高倉健さん主演作を初監督した。以後も「居酒屋兆治」など、高倉さんとのコンビ作を手掛ける。74年からフリー。99年には高倉さん主演映画「鉄道員」で日本アカデミー賞最優秀監督賞、最優秀脚本賞を受賞。岡田准一主演の「追憶」(17年)が遺作。山口百恵さん主演「赤い疑惑」から始まった「赤いシリーズ」などテレビドラマも多数手がけた。02年紫綬褒章受章。08年に旭日小綬章受章。