20年東京五輪の中核となる世代のU-19(19歳以下)日本代表が、先月のU-19アジア選手権で初優勝しました。アジア最終予選を兼ねていたU-20W杯(来年5月開幕、韓国)の出場権も5大会ぶりに獲得。52年ぶりのメダル獲得を目指す五輪を前に、世界舞台を体感する権利を得ました。

 大会直前の9月26日に都内で行われた日体大との練習試合では、主将のMF坂井大将(大分)FW小川航基(磐田)ら、後の優勝メンバー7人が先発しながら3-2の辛勝。低調な内容で、覇気もないように見え「これで予選突破できるのか?」と不安に思う試合でした。ちょうど会場と隣接する施設でS級コーチのリフレッシュ研修会があったため、多くの指導者も見学していました。「厳しいね」。大半の方々も同様の感想を持っていたようです。

 しかし、いざ大会が始まれば、出場権(4強以上)の獲得どころか頂点に。組み合わせに恵まれた感はありましたが、44年ぶりの無失点Vで、日本の育成年代が唯一、手にしていなかったタイトルをつかんだのです。自分のように見る目のない人たちを見返した内山篤監督。前回、出場権を逃した14年のU-19アジア選手権(ミャンマー)では、鈴木政一監督の下でコーチを務めていました。通例では責任を取って退陣する人が、反対に監督へ昇格し、2年後に再挑戦する珍しい事例。後任探しに難航した末の人事とは言われていますが、内山監督が「前回の反省を生かせた」と話したように、継続の大事さが実証された形ではあります。

 ただ、この先はどうなのか。今月1日、日本協会で代表強化をつかさどる技術委員会が開かれ、内山監督がU-20W杯も指揮することが確認されました。個人的には、東京五輪を率いる監督の初陣をこのU-20W杯にして(内山監督がコーチとして補佐しながら)五輪監督史上最速の3年前から世界を経験した方がいいと思っていたのですが、さすがに優勝監督は降ろしづらいのでしょう。かといって、日本協会に内山監督を東京まで引っ張る気はなさそうです。ならば慣例に従わず、すべては東京五輪のためにU-20W杯を新監督にささげ、選手と一緒に世界との差を味わった方がいいと思ってしまうのです(もちろん、そこで負けたとしても新監督への評価を変えない覚悟をした上で)。

 しかし、決まったことを言っても仕方ありません。新体制については、西野技術委員長は「U-20W杯の結果を見てから」と前置きした上で、早ければ15年7月のU-23アジア選手権予選(開催地未定)からとなる可能性を示唆しました。ただし「準備期間が短いので」と内山監督の続投含みで。遅くとも18年1月のU-23アジア選手権本大会には発足しそうですが、これではリオデジャネイロ五輪を率いた手倉森誠監督と同じタイミング。自国開催のスペシャルな五輪へ、もっと攻めていい気がします。

 今回は無理でしたが、五輪前年の19年U-20W杯(出場権を得た場合)の監督を、五輪代表監督が兼任するプランは自然と出てくるかもしれません。リオ五輪で金メダルを獲得したブラジルのミカレ監督は15年U-20W杯を指揮した後、五輪代表監督に昇格。王国の悲願を成し遂げました。日程の重複など課題は多いですが、検討はすべきです。

 とにかく、すべてはメダルのため。東京五輪の代表監督候補として名前が挙がっている方々を融合させてしまうオールスター案(序列をつけるのが大変そうですが…)でも何でも有りだと思います。突拍子がなくても、何だか期待が膨らむ施策を日本協会には期待したいものです。【木下淳】


 ◆木下淳(きのした・じゅん)1980年(昭55)9月7日、長野県飯田市生まれ。早大4年時にアメフットの甲子園ボウル出場。04年入社。文化社会部、東北総局、整理部を経て13年11月からスポーツ部。翌年1月のU-22アジア選手権(オマーン)から今年8月まで、リオ五輪代表担当として手倉森ジャパンをマーク。来季は鹿島から東京に担当クラブが変わります。