つぶしのきく人間とは。学歴とは。本当のエリートとは。

各界トップ達にインタビューした1991年の連載「21世紀への伝言」。数学者・森毅さんの「すべてを点数にするのは無理なんや」という言葉は30年たった今だからこそ腑に落ちるのではないか。これは21世紀の日本人に送る20世紀からの「伝言」であり「警告」でもある。(※所属、肩書き、年齢、表現など1991年当時のまま)

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久保勇人

<21世紀の日本人に送る20世紀からの伝言>数学者・森毅さん(復刻連載4=91年6月8日紙面掲載、所属、肩書き、年齢、表現など当時のまま)

日本の教育、社会全体に「学歴幻想」という問題が大きく横たわっています。いい会社、いい大学に入るために幼稚園児を対象にした塾まで盛況とか。森さんは、東大卒、元京大教授という人もうらやむエリートですが、「そのうち学歴社会のすべてが変わる」と“予言”し「つぶしの利く人間」になることを勧めます。

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一般に幻想というのは、実質が空洞化すると肥大化するものです。だから学歴幻想がある今、学歴は空洞化してるのね。例えば昔は帝大出たといったら「さすがあの人は帝大出」って尊敬され、威張れたですよ。今そんなことしてたら「アホか」と思われる。

どういうことかというと、昔は人数が少なかったし、大学で学んだことが結構長持ちしたから。今は、仮に工学部でどんなに一生懸命勉強しても、技術レベルがどんどん変わるでしょ。卒業後に獲得すべき情報がものすごく増えてるわけ。若い時に勉強して獲得したことで、あとまでもたそうというのは駄目になってきてるわけや。

世の中不確定な部分がどんどん増えていく。本当は不確定な部分が増えるほど、その場その場で何とかつぶしの利く人間がええわけですよ。ところが人間の精神バランスからいうと、「大学出てもしゃあないよ」と言われたら不安でしょ。だから大学を幻想化して頼ろうとする。不確定になるほど学校を安定化して、学校が決まれば、将来まで決まるようにしたいわけです。最近高校では、いわゆるしにせの進学エリート校が困ってる。受験いちずの後発の進学校の方が親には人気があるわけや。進学エリート校っていうのは割とリベラルで、勝手に塾通って東大行く者もいれば、ロックや演劇に凝ったりね。しかし、高校受験でガリガリやってきた親は、もっと受験いちずにやってほしいとか、逆に圧力かけよる。

でも、見えで東大入ったら、入ってから悲惨よ。だって周りはみんな東大で、見えの張りようがない。つまり、幻想に頼ると、娘がヘンな男に引っ掛からんように修道院みたいな女学校に入れても卒業した途端にプレイボーイに引っ掛かる、というのと同じになるわけ。本当のエリートは、学歴とかはある程度しょうもないこととして相手にするけど、卒業するぐらいには「何てことないわ」ぐらいに思って、あんまりそれに頼らずに生きていけるというのね。

親の心構えで言うと、今の制度よりちょっとだけゆとりを持つことね。よう「東大入るヤツなんてのはペーパーテストだけできる人格的にひん曲がったヤツ」とか言うでしょ。でも逆に言うと、入試に性格テストなんてのが入って、点数と性格の総合評価で落ちたら悲惨でしょ。「学力もないし、人格もありません」とか「性格が暗いから不合格」とかなったらかなわんわけ。点数にすると安心できるけど、すべてを点数にするのは無理なんや。転職やフリーターなんかが出てきて産業界も変わってるし、そのうち学歴問題も

必ず変化します。【聞き手 久保勇人】

◆スターリン批判予言

森さんはさまざまな“予言”を的中させた。学生時代(1940年代)には「いずれスターリン批判が起こる」と予測している。「単に頭の体操。頭の中からイデオロギーなんかを一切外して、目の前のコマとコマを全く無個性に空想するだけ」だそうだが、みんながスターリンを英雄視していた時代に、このけい眼は恐るべしだ。学校問題について森さんは「100年後、日本人は一生の間に75年間、何らかの生涯教育を受ける」と言う。理由は「100年前は2、3年。現在は少なくみて15年。10年ほど先なら単利だが、100年先だと複利で計算するから15の5倍」。

(※所属、肩書き、年齢、表現など1991年当時のまま)

★森毅(もり・つよし)1928年(昭3)1月10日、東京生まれの大阪育ち。旧制三高(現京大総合人間学部)を経て、東大理学部数学科卒。東大時代に評論活動を始める一方、長唄、三味線などを習得。一時は芸能関係の業界に入ることも真剣に考えた。1951年北大助手になったが、1956年に突然辞職、全国を放浪し始めて話題になった。1957年に京大助教授になり、教養部教授を1991年春に定年退官、名誉教授。京大時代から、数学教育問題に取り組み、数学教育協議会副委員長も務めた。教え子に浅田彰氏など多数の人材を輩出。著書は「文化と数学」「学校ファシズムを蹴っとばせ」「ものぐさ数学のすすめ」など多数。2010年7月に82歳で死去。