【レジェンドのその後】高見山は毎日ジム通い「病気やけがも『2倍、2倍!』だからね」

一線を退いてもまだまだ元気だ! 往年の名選手、指導者の気になる今を紹介する「レジェンドのその後」を蔵出しして毎週金曜日に配信します。今回は1980年代角界の人気者、高見山です。(2018年10月16日紙面より。年齢、所属など当時)

レジェンドのその後

高田文太

<大相撲元関脇、元東関親方>


最高位は関脇、現役時代は高見山のしこ名で幕内優勝も1度経験している元東関親方(74)は、今でも135キロの大きな体で元気いっぱいだ。65歳で日本相撲協会を退職後、ジムでプールを歩いたり、自転車をこいだり-。適度な運動を続けつつ、持ち前の明るい性格から、ジムでは同世代の友人も増えた。笑顔の絶えない毎日を送っている。

◆渡辺大五郎(わたなべ・だいごろう)元関脇高見山、元東関親方。1944年(昭19)6月16日、米ハワイ州マウイ島生まれ。ボールドウィン高ではアメフト部所属。64年2月に来日し、高砂部屋入門。当時の本名「ジェシー」で64年春場所の前相撲で初土俵。翌夏場所で高見山として番付デビューすると序ノ口、序二段と連続優勝。67年春場所で新十両、1度も負け越しがないまま68年初場所で新入幕。72年名古屋場所では13勝2敗で初優勝。74年2月に渡辺加寿江さんと結婚し、79年名古屋場所後に日本国籍取得。84年夏場所後に引退。通算812勝845敗22休。優勝1回、殊勲賞6回、敢闘賞5回、金星12個。現役時代は192センチ、205キロ。

親方時代に稽古中の曙(左)と

親方時代に稽古中の曙(左)と

トレードマークのひげ健在

1980年代に「2倍、2倍!」のセリフとともに、寝具メーカーのテレビCMで見せていた笑顔は健在だった。トレードマークのひげは、夏は短め、冬になると伸ばすというオシャレも忘れない。元東関親方は、現役時代から変わらないハスキーボイスで、現在の健康状態について「両膝は痛いよ。でも今は野菜中心の食生活で、内臓を検査しても悪いところはない。悪いのは頭と顔と性格。体の大きな人はどうしても、病気やけがの危険性も『2倍、2倍!』だからね。気を付けているよ」と話し、豪快に笑い飛ばした。

76年、夏場所の高見山

76年、夏場所の高見山

今でも135キロの立派な体は健在だが、最高205キロあった現役時代に比べると70キロ減った。09年に65歳で相撲協会を退職した時と比べても50キロ近く軽い。ほぼ毎日、東京・浅草のジムに通い、自転車型トレーニング器具をこぐかプールを歩く運動を20分程度こなしている。「3、4年前までは自転車も30~40分こいでいたけどね。股関節が痛いから、プールもはしごで上り下りだときついけど、通っているジムは階段だから楽。お年寄りも多くて、毎日会う人とはみんな友だちになっちゃったよ」。3年前までの2、3年は毎月5~7キロペースで減量。ジム通いを楽しみながら、無理なく減量した。

それでも「日曜日だけは好きなものを食べる。甘いもの好きだから、ケーキ、シュークリーム、ソフトクリーム…。そうしたら120キロまで落ちていたのが最近、また少し太った」と、恥ずかしそうに話した。もともとタバコは吸わず、酒は50歳でやめた。横綱曙や小結高見盛ら人気力士を育てた親方時代からの付き合いで、後援者らから今も会食を誘われれば断らない。別の日に食事量を調整して健康維持に努めている。

 

 

MRIに入らない…減量頑張る

実は減量のきっかけは、慢性的な首や腰の痛みを和らげるためだった。「2016年が一番きつかった。首と腰を手術して、尿道結石の手術までした。それまで大きな手術をしたことなかったのに3度も」。MRIで精密検査を受けるためであると同時に、それまでの大きな体では一般的な病院のMRIに収容できない。もしもの時に、どの病院でも緊急で対応可能にするための減量でもあった。

18年、愛犬を抱きポーズを決める高見山大五郎氏

18年、愛犬を抱きポーズを決める高見山大五郎氏

9月、米国ラスベガスで行われた同窓会に出席し、出身のハワイにも立ち寄った。「55年ぶりに会う同級生も2人いた。楽しかったよ。僕と会うのを楽しみにしている友だちも多い。毎年会えるようにしないとね」。近所に住む弟子の元高見盛の振分親方は、地方場所後は必ず土産持参であいさつに訪れる。まだまだ元気な姿を見せ続けなければいけない。そんな思いが、さらに元東関親方を元気にしている。

【「レジェンドのその後」は毎週金曜日に配信します。お楽しみに!】