激レアさん発見!決勝前日、ブラジル代表宿舎に呼ばれ髪を切った日本人がいた

カナリア軍団の一員となった日本人がいる。昨夏の東京オリンピック(五輪)。男子サッカーで金メダルに輝いたのはブラジル代表だった。決勝前夜から8月7日の試合当日の朝まで髪を切っていたセレソン。担当していたのは、日本人美容師だった。横浜市の美容師・三善康平さん(27)は「本当にびっくりしました。今も覚えていますよ」と話し出した。

ストーリーズ

栗田尚樹

Jリーグで活躍するブラジル選手の髪型を多く手掛ける「AMIGO HAIR STUDIO」の三善康平さん

Jリーグで活躍するブラジル選手の髪型を多く手掛ける「AMIGO HAIR STUDIO」の三善康平さん

突然の電話「こんなチャンスない」

営業中の午前11時。店の電話が鳴った。別の従業員が電話を取り、呼ばれた。受話器を受け取ると「今日の夜、宿舎に選手たちの髪を切りに来てくれませんか?」。予想もしていない予約の電話だった。相手は、東京五輪サッカーブラジル代表の日本語通訳だった。

つばを飲み込んだ。元々サッカー少年。元イングランド代表MFベッカムに憧れ、小学1年生でサッカーをスタート。ボランチ、CB、SBとして、高校時代はJ3のYSCC横浜のユースに在籍。同チームのセカンドチームまでキャリアを続けたが「レベルが違いました」。

東京五輪ブラジル代表に呼ばれた際に持っていった金のアタッシュケースと米国製のバリカン

東京五輪ブラジル代表に呼ばれた際に持っていった金のアタッシュケースと米国製のバリカン

プロの道を諦め「何となく格好いいなって」と選んだ美容師の道。そして、舞い込んだブラジル代表からのオファー。「こんなチャンスはないと思いました」。急いで店を出た。

指定された場所は、インターコンチネンタル横浜。出張用のカバンに、手入れされたバリカン、ハサミを入れた。黒地に、金のアタッシェケース。金髪の日本人は、それを手に自転車を走らせた。待ち合わせの午後7時に到着。通訳に出迎えられ、マッサージルームが併設された大きな部屋に通された。

約1時間後、急造の美容院が開店。サロンには、息つく間もなく、続々と客が来店した。

三善さんがカットを手掛けた東京五輪金メダリストのブラジル代表エバートンFWリシャルリソン

三善さんがカットを手掛けた東京五輪金メダリストのブラジル代表エバートンFWリシャルリソン

大ファンのアウベスは切る髪が…

アドレナリンが止まらなかった。次の客はインスタグラムのフォロワー数・530万人以上を持つVIP。現役ブラジル代表のエバートンFWリシャルリソンから「髪を染めてくれ」とリクエストを受けた。だが「道具が…。あれば、金髪とかにしていたかもしれないですけど」。泣く泣く断った。

「震えましたよ」と言うのは、バルセロナDFダニエウ・アウベス。インスタグラムで、3650万人以上のフォロワーを抱える超有名人。五輪に、オーバーエージとして参加していたレジェンド。大ファンだったが…。

「切りたかったですけど…。アウベスはスキンだったんです」

切る髪がなかった。あまりにショックで、ツーショット写真をお願いすることさえ、忘れてしまうほどだった。

三善さんがカットを手掛けた東京五輪金メダリストのブラジル代表アトレティコ・マドリードFWクーニャ

三善さんがカットを手掛けた東京五輪金メダリストのブラジル代表アトレティコ・マドリードFWクーニャ

三善さんがカットを手掛けた東京五輪金メダリストのブラジル代表アーセナルFWガブリエル・マルティネッリ(中央)

三善さんがカットを手掛けた東京五輪金メダリストのブラジル代表アーセナルFWガブリエル・マルティネッリ(中央)

客は選手だけではなかった。うわさを聞きつけた代表スタッフも。「本当なら、1人、1時間くらい掛けて、ちゃんと整えたかったんですけど」。1人に、約20分が限界。それでも、あっという間に日付は超えた。

「終わったのは深夜2時か、3時くらいでしたね。でも不思議と疲れはしなかったです」

オープンから約7時間後。決勝戦の当日となっても、部屋はクラブ状態。どでかいスピーカーから、大音量の音楽が流れていた。キックオフは午後8時30分。17、18時間後にはスペインとの決勝戦のはずだが、選手たちは、体を揺らしていた。

「やっぱりブラジルだなって思いました。同時にこれでもし、負けたら責任を感じると思っていました」

だが、そんな不安は“不毛”だった。髪を整え、気分爽快した選手は延長戦を制し、日産スタジアムで金メダルを掲げた。

三善さんにカットされた髪型が映える! 東京五輪で金メダルを獲得し、歓喜するブラジルの選手たち=21年8月7日

三善さんにカットされた髪型が映える! 東京五輪で金メダルを獲得し、歓喜するブラジルの選手たち=21年8月7日

元湘南ジュニオールの紹介

サッカー王国のリアルと強さ。それを目の当たりにした。

「そういう緊張感がないのも、ブラジルが強い秘訣(ひけつ)なのかなと思いました。日本人だったら、大事な試合の前は絶対に早く寝るじゃないですか? そういうのが、全然なかった」

ブラジルの輪が、電話を鳴らした。セレソンは東京五輪期間中、日本で別の美容師に髪を切ってもらっていた。ただ、満足いく仕上がりにはならなかった。通訳によれば「宿舎が横浜だったこともあり、その辺で切れる人を探していた。(三善さんが)ブラジル人を多く切っていたから」。

三善さんは「ブラジル人は、日本人と髪が大きく変わる。意外と細いんですよ。それで、カーリーヘアー。伸びると、まとまりづらいから、多くの人が短髪にしている」。髪質を理解し、既にJ1横浜F・マリノスのFWレオ・セアラ、湘南ベルマーレFWウェリントン・オリヴェイラなど多くのブラジル人Jリーガーを担当していた。

客の1人だった元湘南ベルマーレFWウェリントン・ジュニオールが、東京五輪ブラジル代表DFジエゴ・カルロスと友人関係だった。腕前が広まるのは、時間の問題だった。

報酬は「言い値で。自分で決めていい」と言われたが「お金じゃなかったですよね。通常の料金でいただきました」。出張料金も受け取らなかった。

選手たちから、もらったのは「オブリガード」の言葉。ポルトガル語でありがとうを意味する、感謝の気持ちだけで十分だった。

三善さんがカットを手掛けるトゥールーズFCの元日本代表FWオナイウ阿道(右)

三善さんがカットを手掛けるトゥールーズFCの元日本代表FWオナイウ阿道(右)

腕買われ選手間で広まる

美容師でありながら、流行りのバーバースタイルを掲げる27歳。かねて外国人サッカー選手の髪形に憧れていた。

特にフランス代表MFポグバの髪形に注目。丸坊主に近い短髪ながら、カラー、バリカンで入れたラインで表現する奇抜なスタイルを独学で研究。

そのポグバ、フランス代表FWエムバペ、ベルギー代表MFアザールらを担当する世界的に有名なイングランドの「A Star Barbers」のスタイルも参考に「外国人スタイル」を手がける。

こだわりは米国製のバリカン。「日本製だと、ブラジル人の髪はうまくそれない」。サイドを0ミリからトップに向けてグラデーションをしていく、スキンフェードはお手の物だ。

技術は申し分ない。だが、語学堪能な訳ではない。ブラジル人Jリーガーからの予約は、インスタグラムのDMにポルトガル語で届く。

「自分で必死にグーグルとかで翻訳しながら、こっちも日本語をポルトガル語に翻訳して。切っている時は、大丈夫ですか? って意味のタボンって、言葉はよく使いますね」と笑った。

「コミュニケーションが難しい分、切り終わった時にオブリガードって、笑顔で言ってもらえると、喜んでもらえるなって。それに選手が、選手を紹介してくれた時もそう。自分のことを良く思っていないと、紹介してくれない。自分のことをアミーゴって呼んでくれて。うれしいなと思いますね」

「Amigo」。ポルトガル語で友達を意味する。その輪が、新たな客を呼んだ。

三善さんがカットを手掛けるJ2横浜FCのブラジル人FWサウロ・ミネイロ(右)

三善さんがカットを手掛けるJ2横浜FCのブラジル人FWサウロ・ミネイロ(右)

J2横浜FCのブラジル人FWサウロ・ミネイロは、東京五輪ブラジル代表GKルカオから紹介を受けた。東京五輪から1カ月後のことだった。

サウロは「実は、前に違う日本人に切ってもらっていた。でも、なかなか、思うような仕上がりにはならなくて。康平は最高だよ。ブラジル人の髪の特徴をよく理解してくれている。彼はアミーゴだよ」。

試合前日は、カットを欠かさない。時には自宅で切ってもらうことも。三善さんは「『飯食べていきなよ』って言ってもらって、サウロの奥さんも一緒なんですけど、言葉が通じないので、すごく変な間があります」と笑う。

ハサミとバリカンで「アミーゴ」は広がる。湘南のブラジル人たちから紹介された川崎フロンターレのFWマルシーニョは「彼は自分が好きなスタイルで切ってくれている。ブラジルで切るのと、違和感はないよ。彼が自分に与えてくれるのは、格好良さ。奥さんも喜んでいるよ」と笑顔が止まらない。

J1王者のサイドアタッカーは言う。「彼のことは最初からアミーゴさ。言葉は通じないけど、ジェスチャーを入れながら。ノーノーノーって、よく言っているよ」と豪快に笑った。

三善さんがカットを手掛けるJ1川崎Fのブラジル人FWマルシーニョ(右)

三善さんがカットを手掛けるJ1川崎Fのブラジル人FWマルシーニョ(右)

輪を大切に…店の名に「Amigo」

今年5月に独立。店名は、もちろん「Amigo」とした。桜木町、日ノ出町からほど近く。「選手が来やすいように、横浜の近くで探していた」と、つながりを絶やすことはない。店舗の看板には、手をつなぐデザインが施されている。

「ブラジル人選手も、いっぱい来てくれるので、ポルトガル語がいいなと思っていた。それに、自分は友達の力で、ここまでやって来られた。髪を切ることで広がるアミーゴの輪を大切にしていきたい」

残念ながら、今回は電話が鳴らなかった。この6月にブラジル代表は、日本代表との国際親善試合(6日、東京・国立)で来日していた。「少しだけ、期待していたんですけど(笑い)」。

もちろん、物理的に電話を引いていないこともあるが。予約は全てインスタグラムでのやりとりのみ。

「僕が独立したことも、彼らは知らないと思いますよ。ブラジル代表の面々は、フォロワーにいないですから。でも、ネイマールとか切ってみたかったですね」

いつの時代も、サッカーとヘアスタイルは、そのスタイルを変化させながら、時代を彩ってきた。02年日韓ワールドカップ(W杯)では「ベッカムフィーバー」が巻き起こった。三善さんを始め、サッカーを始めた少年、少女がどれほどいたことか? ベッカムのソフトモヒカンは「ベッカムヘア」と呼ばれ、多くの日本人がまねした。

02年日韓W杯を彩ったベッカムヘア(左)とロナウドの大五郎カット

02年日韓W杯を彩ったベッカムヘア(左)とロナウドの大五郎カット

「怪物」も、プレーだけではなく、斬新なカットで注目を集めた。元ブラジル代表FWロナウドは同大会で「大五郎カット」を披露。前髪の一部を残し、残りは全て丸坊主という斬新なスタイルだった。ブラジルの史上最多5度目のW杯優勝以上に、強烈なインパクトを与えた。

サッカーを始めるのに、理由は何でもいい。著名な選手のプレーを見て、その髪形に憧れて…。サッカーは世界共通。ハサミとバリカンもまた同じ。三善さんは「自分もベッカムヘアみたいな、自分のスタイルをつくっていきたい」と目を輝かせた。

「アミーゴ三善」が「ネイマールヘア」を手がける日も、そう遠くない気がする。それを見て、サッカーを始める子どもたちが日本、ブラジル、世界で増える日が来ることを祈る。「まずは、横浜で一番と、言われる店になりたい」と続けた。

東京五輪ブラジル代表、現役ブラジル代表、ブラジル人Jリーガー…。「アミーゴ」の輪は、どこまでも続く。言語の壁を越えて、どこまでも。