19歳の女子大生スプリンターが、初めて日の丸のユニホームをまとって世界の舞台に立つ。湯口英理菜(日体大1年)。両大腿(だいたい)切断・義足のT61クラスで100、200メートルの世界記録保持者だ。競技人口が少ないために20年東京パラリンピック出場は難しい状況だが、日本パラ陸上連盟の強化育成指定選手に選ばれ、8月の世界ジュニア選手権(スイス)への出場が決まった。T61クラスのパイオニアとして、24年パリ大会出場の夢を追って、湯口は走る。

■8月世界ジュニア選手権出場

湯口は晴れがましそうにほほえんだ。「信じられないというか、代表の実感がないんです。同じクラスに選手がいるかどうかは分かりませんが、まず自分がしっかり走れるようにしないと…」。8月1日から4日間、スイスで行われる世界ジュニア選手権の100メートル、走り幅跳びに出場する。個人や日体大の海外遠征で国際大会の経験はあるが、日本代表としてのエントリーは初めてになる。

高校1年から本格的に陸上に取り組んで4年目。日体大に進学した今季は着実に100、200メートルの自己ベストを更新してきた。5月の北京GPの記録を6月の日本選手権(大阪)でさらに塗り替えたことが評価され、強化育成指定選手として代表入り。20日のジャパンパラ陸上(岐阜)では100メートルで20秒の壁を破って19秒06。200メートルの46秒69と合わせて世界記録になっている。ただ、両種目の今季世界ランキングには湯口の名前しか挙がっていない。

両大腿切断・義足のT61クラスは、世界的にも極めて競技人口が少ない。女子では国内はもちろん、アジアでも湯口ただ1人とされている。競技として成立するのが難しく、昨年1月に発表された東京パラリンピックの実施種目から湯口が出場を目指していた女子100メートルは除外された。

「ちょうど進路を考える時期で、一時は大学で陸上はやらなくても…と考えたこともありました」。悩んで多くの人に相談した。シッティングバレーやカヌーで東京を目指すことも考え、実際に練習にも参加した。ただ、最終的には自分で決断した。「目標をパラリンピックにしなくてもいいと割り切りました。別の大会で自己ベストを更新して、お世話になった方が喜んでくれて、自分の気持ちが上がっていけばいいと考え直しました」。

日本選手権以降は走り幅跳びに取り組み始めた。同種目は東京大会で片大腿切断・義足のT63クラスなどと混合で実施される。来年は難しくても24年パリ大会を見据えたチャレンジでもある。「彼女が活躍することで同じような障がいがある方が希望を持ち、自分も走ってみようと思ってもらえれば意味のあることです」と日体大陸上部パラアスリート部門の水野洋子監督(50)。湯口にはT61クラスのパイオニアとしての期待も寄せられている。

「これからは100と幅跳びで頑張ります。日本代表に選ばれて、自分で道を切り開いていけるんだと実感できました。結果を残すことで環境を変えることができるかもしれないと思えました」。はにかむ19歳の義足スプリンターの言葉には力がこもっていた。【小堀泰男】

◆T61クラス 両大腿切断、または片大腿切断+片下肢切断で義足を使用する選手のクラス。16年リオ・パラリンピックではT42で片大腿切断・義足の選手らも含まれていたが、18年からクラス分けが変更された。競技人口が少ない女子のT61の100メートルは東京大会では実施されず、湯口が出場できるのは3クラス混合で行われる走り幅跳びのみになった。ただ、義足クラスで一番障がいの重い湯口が東京大会の代表になるのは難しい。

◆湯口英理菜(ゆぐち・えりな)2000年(平12)5月12日、埼玉県蓮田市生まれ。両脚に先天的な障がいがあり、3歳の時に両大腿(だいたい)から下を切断した。同市立蓮田南中2年時に陸上に出会い、埼玉・国際学院高入学後から本格的に取り組む。同校卒業までは義肢装具士・臼井二美男氏が主催する切断障がい者のクラブ、スタートラインTOKYO(旧名ヘルスエンジェルス)に在籍した。走り幅跳びのベストは2メートル39。シッティングバレーの千葉パイレーツにも所属している。日体大スポーツライフマネジメント学科1年。家族は両親と兄。

<日体大15年新設>湯口が所属する日体大陸上部パラアスリート部門は15年に設けられた。リオ・パラリンピック女子400メートル(上肢障がいT47)銅メダルの重本(旧姓辻)沙絵が1期生で、大学院に在籍する今も水野監督の指導を受ける。現在の部員は聴覚障がい者を含む11人。同監督は20年東京大会へ向けて部としての最低目標を「代表5人でメダル2つ」と掲げている。

<11月世界選手権>陸上のトラック&フィールドで東京パラリンピック出場権を獲得するための第1関門が、11月にドバイで開催される世界選手権になる。同大会で4位以内位に入れば日本パラ陸連から日本パラリンピック委員会に代表候補選手として推薦されて“内定”する。世界選手権の出場選考会は20、21日のジャパンパラ陸上(岐阜)で終了し、女子走り幅跳び(視覚障がいT11)の高田千明(ほけんの窓口)、同400メートル(視覚障がいT13)の佐々木真菜(東邦銀行)らが派遣指定記録を突破した。パラ陸連は男女40人前後の代表選手を近日中に発表する。