3度目のマラソンとなった鈴木亜由子(29=日本郵政グループ)が日本人2番手の19位となった。2時間33分14秒を記録。表彰台こそ逃したが、初めての五輪のマラソンに5年分の思いを込めた。

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5年ぶりに見つめた五輪のマーク。16年リオデジャネイロ五輪の苦い記憶を塗り替えようと、鈴木は懸命に走った。序盤から先頭集団の後方で冷静に周囲の状況を観察。アフリカ勢など強力なライバルを追った。

5年前、5000メートルと1万メートルで五輪切符をつかんだ。だが、1万メートルは左足の違和感で欠場。5000メートルの一本勝負に絞ったが、24位で予選敗退した。

「自分を許せない部分があった。許せなかったのと、切なかったという感じですかね。オリンピックという最高峰の舞台なのに、自分がいる感じがしない。現実味が湧かない。『自分のベストパフォーマンスを出してこそのオリンピック』なんだなと思いました。あらためて、どんな大会でもベストパフォーマンスを出さないと、走り終わった後の達成感とかを感じられないと分かりました」

陸上だけの大会と異なり、五輪では日本選手団の一員として最後まで仲間を応援する。「帰りの飛行機は本当にしんどかった」。故障で結果を出せず、惨めな思いを抱えながら、過ごした時間だった。

2年後、18年夏に北海道マラソンで初マラソン初優勝。翌19年夏の五輪代表選考会「マラソン・グランドチャンピオンシップ(MGC)」で2位に入り、五輪切符を手にした。

それから2年。暑さの影響を考慮して開催地は東京から札幌に変わり、新型コロナウイルスの感染拡大で五輪は1年延期となった。前日6日にはスタートが1時間早まる発表があった。

MGC後は故障もあり、難しい状況下で心身を整えた。大会前に誓った。

「リオの苦い経験があったからこそ『今年は絶対にスタートラインに立つ』という気持ちでやってきた。5年間の経験を生かしていいスタート、いいゴールにできればと思います」

表彰台は逃したが、蓄えてきた力を出し尽くした。