相変わらずなくならない体罰やパワハラ問題。僕のSNSに一通のダイレクトメッセージが届いた。全国大会にも出場するレベルの強豪校でプレーする学生から、監督とコーチの指導が厳しくてサッカーが嫌いになりそうだと。その厳しい内容とは、体罰こそないがパワハラと呼べる暴言の数々があった。一瞬、そのメッセージにカッとなってしまったが、もう1度冷静になって考えてみたいと思った。

そもそも本当に体罰やパワハラ的な指導は「悪」なのか。僕はこんな疑問を持つことすらありえないほど、パワハラまがいの指導を根っこから否定していた。今も基本的な考えは変わらない。ただ、本当に体罰は「悪」なのかどうか、いま一度そこに疑問を持つことで、厳しい指導とはなにか? そもそも厳しい指導は必要なのか? 指導とは何なのかをしっかり彫り下げて考えるきっかけにしたいと思っている。

僕は中学生の頃、よく先生から殴られた。その理由はさまざまだが、一番覚えているのは、自分がサッカー部の部長だったことで、部員が何か問題を起こすと連帯責任となり、部長の僕が殴られた。もはやこれは連帯責任でもなんでもない気がする(笑い)。しかも、それがその後に社会で生かされているなどみじんも感じない。

今でもまだ存在する可能性が高い連帯責任。間違いなく由来は軍隊からだろう。命がかかる現場ではそれくらいの規律を保たせなければ、多くの人が巻き添えになって命を落とす危険性がある。軍隊で褒めるだけの指導をしたら、きっとその部隊は全滅するだろう。

では、スポーツにおいての「厳しい指導」とはどこまでが容認されるのだろうか。またそれは誰の判断をもって容認されているとするのだろうか。そして、僕は厳しい指導の中にもいくつかの種類があるように思う。

練習における体力的な厳しさはそのひとつだと考える。苦しい走り込みや筋トレなど、ピッチで戦士として戦うにはある程度必要な苦しさだ。もう1つは、精神的に追い込む厳しさ。そこには体罰やパワハラと呼ばれる行為が重なることが多い。メンタルが弱いという言葉をよく聞くが、そもそもメンタルに強いも弱いもないと自分は考える。あるのはネガティブな思考を自分自身でコントロールできるかどうかだ。メンタルというのは強くするものではなくコントロールするものなのだ。

僕は40歳でJリーガーになる前は指導者をしていた。その中で以前、オランダのアヤックスで研修をさせてもらったときにU-19の試合を見る機会があった。アヤックスは後ろからしっかりとつないでサッカーを組み立てるフィロソフィーを持っている。ディフェンダーが前に蹴るサッカーをしない。

ある試合中に、パスをつなごうとしたディフェンダーがボールを奪われ、失点しそうになった。それを見ていた多くの観客は拍手を送った。その次のプレーで別の選手がボールを大きく前にクリアした。その瞬間、観客から大きなブーイングが起きた。僕はそれを目の当たりにしたときに、監督、選手だけでなく、その地域の人やサポーターもアヤックスのフィロソフィーを理解しているのだと気付かされた。そこに関わる全員の最優先目的が共通言語として備わっていた。

アヤックスの目的は競技ベースではなく育成がベース。監督、コーチが問われるのは、何人の選手がアヤックスのフィロソフィーを理解し、それを体現しているかということ。約8割以上の選手が上のカテゴリーに上がるというデータもしっかり出ている。それがコーチングスタッフの評価軸なのだ。

そして現地ではアヤックスのU-19の選手たちが嘔吐(おうと)するまで走らされている姿もみた。しかし、そばにはドクターやトレーナーがいて、彼らが追い込むギリギリのラインを見極めていた。ここで大事なのは、監督やコーチ陣もそれぞれ評価される側にあるということ。厳しい指導をエビデンス(根拠)という科学をベースにしながら追い込むのか、修業という概念をベースに追い込むのか。西洋と東洋では考え方のベースも違うと感じる。

僕が考える厳しい指導のボーダーライン。それは選手全員が納得した最優先目的に対して、必要であると判断したもの。ただし、そこに人格否定や身体を意図的に傷つけることなどは一切あってはならない。だから、厳しい言葉が必要であると判断した場合は、徹底的に伝えていくことも状況においてはありなのかもしれない。ただし、指導者が選手を自分の思い通りにしようとし、私利私欲にまみれた横暴な指導は絶対にあってはならない。従って、それを監視し、チェックする人間を必ずアドバイザーとして置くことがこれからの時代には必要になるだろう。

「パワハラ=悪」という短絡的な思考ではなく、何のためにスポーツは存在し、何のために指導はあるのか。こんな時代だからこそ、恐れることなくしっかりと議論していく必要があると僕は思う。(J3、YSCC横浜FW)(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「0円Jリーガー安彦考真のリアルアンサー」)

0円Jリーガーとして奮闘するYS横浜のFW安彦(左端)
0円Jリーガーとして奮闘するYS横浜のFW安彦(左端)