ストレッチ専門トレーナーの後藤俊光氏から施術を受ける安彦(右)
ストレッチ専門トレーナーの後藤俊光氏から施術を受ける安彦(右)

僕は2017年の夏にお金を手放しました。それまでは少しだけリッチな生活を送っていました。恵比寿駅徒歩2分。11階建てマンションの最上階の角部屋。窓からは東京タワーがのぞいていました。食事はほぼ外食で、貯金などはせずに自分の私利私欲のために使っていました。

気がつけば、志前提で始めた仕事も生活前提となり、いつしかこの生活を守るためにお金を稼ぐようになりました。その時の僕にとって大事なものは、住んでいる場所や家の間取り、持っている物などのステータスになっていました。しかし、心のどこかでは全く満足感や充実感がないことに気がついていたのです。

このままで良いわけがない…。お金を稼ぐことは何も悪いことではないし、稼いだお金を自分のために使うのも全く問題ない話です。誰からも文句は言われていないし、世の中の億万長者ほど稼いでもいない。うしろめたさなどあるはずもないのですが、なぜか僕は幸せではなかったのです。

その頃から「幸せとは何か」を考えるようになりました。これほどまで幸せについて考えたことのある人はきっと僕だけではないかと自負しています。そして僕が気がついたのは、憧れはお金で買えるけど、幸せはお金では買えないということ。僕が手にした気になっていたのは、そのレベルに達するための切符であってゴールではない。お金で手にしたものは憧れの端っこで、本来はここから努力を重ねて次のステージにいって初めて幸せをつかむことができたのかもしれません。僕はその努力を怠り、時間と他人にその道を委ねてしまったのです。

努力というのは自分の足跡と比例します。つけた足跡が翌日になって消えていれば、それは努力ではないのだとわかりました。そこから自分自身にとっての「幸せ」探しが始まります。そして、その定義は歳を重ねるごとに変わってくるのです。

今の僕にとっての幸せは「『ある』ということにも『ない』ということにも縛られない」です。幸せに気がつくために僕はお金を捨てましたが、そこにはこんな問いがありました。

「今、1億円を渡すから、1分以内にその使い道を説明してほしい」

僕は答えられませんでした。その瞬間に今まで稼いだお金は一体なんだったのか?1億円をくれるという人がいるのに、僕はその使い道を答えられない。今まで何をやっていたのだと自己嫌悪に陥ります。同時に「自分はお金の重要性を全く理解していないし、自分の人生のスタイルがわかっていない」。そう思ったのです。

例えば、そもそもスーツスタイルで自己表現をしたいのか、デニムにTシャツスタイルで表現をしたいのかで生きるコストが変わってきます。自分がどういうスタイルで生きたいのかを明確にしていないのにお金を稼ぐのは何のためなのか。僕はその質問に答えられなかったと同時に、お金の迷子になっていることがわかりました。

そして、翌日に決断します。全てを捨ててみようと。その結果、自分の人生のスタイルが見えてきました。僕はスーツを着てブランド品で固めて自己表現をする人でも、家や車で自己表現をする人でもない。デニムにTシャツ。自分の価値は自分の言葉や行動で作りたい。そういう人なんだと思うことができました。1億円というお金の価値より、僕自身が1億円の価値のある人になりたいのだと。そして、その上でコストを算出すればいいのです。

その結果、「生活」に必要なコストと「制作」に必要なコストがハッキリと別れることがわかりました。 「今、1億円を渡すから、1分以内にその使い道を説明してほしい」。

これを即座に答えられる人は自分のやりたいことや生きたいスタイルが明確だからこそ、そこに必要な予算を常に弾き出しているのだと思います。予算は自分を幸せに導いてくれる大事なツールです。予算がゴールではないし、いきなりそんな大金を持たされても何もできないで終われば、お金があなたの価値を上回ってしまうのです。

お金は必要です。しかし、それ以上に大事なのは、自分が幸せだと定義していることは何なのか。そのために日々、何をしているのか。そして、その幸せを手に入れるためにはいくら必要で、どんな仲間が必要で、そこに必要なスキルと知識は、人脈は-。

その結果、そのお金を得るために何をするべきかを考えた方がいいわけです。極論、月々で考える思考をなくし、毎月ゼロ円だけど、10カ月後に200万円にすると考えれば、やるべきことも決まってきます。もちろん、その10カ月を過ごすのは簡単なことではないですが、毎月20万円をもらえる生活よりも必要なことが10カ月後にあれば、その道をとることだってできるわけです。

幸せとは何か。ぜひ、じっくり考えて見てください。その上でいくら必要なのかを算出してみてください。自分の中でのお金の取り方が変わってくるはずです。(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「年俸120円Jリーガー安彦考真のリアルアンサー」)

◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結ぶも開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退した。同年12月には初の著書「おっさんJリーガーが年俸120円でも最高に幸福なわけ」(小学館)を出版。オンラインサロン「Team ABIKO」も開設した。175センチ、74キロ。

年俸120円Jリーガーから格闘家へ転身した安彦
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