「ブカツ」が変革期を迎えている。公立中学の休日などの部活動を地域のスポーツクラブや民間団体に委ねる「地域移行」が、この4月から段階的に始まった。
何より週末も部活動に追われる教員の働き方を改善する面が大きい。加えて、学校と地域が協働、融合することで、より良い状況でスポーツを楽しめることにもつながりそうだ。ただ計画は始まったばかりで課題は山積み。その見通しは不透明のようだ。
誰もがなじみある部活動だが、今後どうなっていくのだろうか。そんなことを考えていると、ふと元Jリーガーで東京都議会議員の星だいすけ(本名・大輔、42歳)さんの顔が頭に浮かんだ。
■町田市議経て5年、星だいすけ氏
地元の町田市議(2018年2月当選)を経て、21年7月に都議会議員に初当選。スポーツを通じた子育てや教育、住みやすい街づくりの推進から社会全般の問題まで。政治家として幅広く活動している。その星さんに話を聞かせてもらった。
町田市内の事務所を訪れると、変わらぬ笑顔で迎えてくれた。そして弁舌爽やかに自らの見解を語った。
「一番は教員の働き方、そこが大事なんですけど。私は選手もやっていたので、選手のセカンドキャリア、サードキャリアといったところでも部活動の移行というのは大切だなと思っています。都議会や、教育委員会でも訴えをさせてもらっていますが、例えばオリンピアン、パラリンピアン、W杯に出た選手、サッカーに限らずですけど、選手が引退した後に大学に通い直して教員免許とってから部活動に入っていくというのは時間がかかります。すぐに指導してもらいたいという気持ちがあるので、制度だったり、文科省の中で変えてもらわなければいけないところ。部活指導員(非正規雇用)でなく、教員として働いてもらえるような環境をつくっていきたいと考えています」
地元の町田市は昔から「サッカーの街」と呼ばれる。今はJ2で躍進するFC町田ゼルビアがあるが、実は中学にサッカー部がないところもたくさんあるという。
「それはサッカーを指導できる教員がいないということもあります。自分の行っている中学でサッカーをやりたいのに、学校の都合や事情でサッカーが続けられない。または野球が続けられない、文化部もそうですけど。そういうところはかわいそう。しっかりした配置をしていってあげたい。それと経済的に習い事に行けない子供たちもいるので、そういう点でも部活動をやれる環境は大事だと思っています」
誰もがやりたいスポーツや芸術、文化を楽しめる。星さん自身、小学生時代からサッカーに打ち込み、プロになる夢をかなえたからこそ、その思いは強い。
■骨身に染みる地域密着Jの理念
横浜F・マリノスユースからトップチームに昇格し、7つのJクラブでプレーした。攻撃的MFとして、13年間のプロ人生でJ1リーグをはじめ、200試合以上の試合に出場した。その後、FC町田ゼルビアのフロント業務に6年間携わった。キャリアを通じてJリーグが理念とする地域密着は、骨身に染みる。
「私は身近なスポーツという言い方をしていますが、そういったところも市議会の時からやらせてもらっていたのが、身近な街区公園が町田市内だと500カ所以上ありますが、その公園の中はどこも『ボール遊び禁止』『サッカー禁止』『野球禁止』という看板が大きく掲げられています。
僕らが小学生の頃は野球やって、サッカーやって、私は今に至って選手にもならせてもらってあるので。この看板はおかしいんじゃないか、と市議の間は言わせてもらいました。大きな道路に面している公園は難しいかもしれませんけど、大きな公園でスペースがある場所ならOKにしていきましょうと。市の方でスポーツマップというものを作ってもらって、『この公園はボール使えます』とか『野球できますよ』というのをやりました」
東京都は2021年に夏季オリンピックを開催した。国立競技場が改装され、新たな大規模施設も作られた。ただ、オリンピック・レガシー(遺産)というものは、あまり感じられない地域も多い。コロナ禍、オリンピックを巡る不正事件が明るみになった面もある。
それでもスポーツが社会にもたらす価値は大きい。だからこそ活動の軸とする。
「部活動を含めた身近なスポーツというのが、私のテーマとしているところ。オリンピックを機に、身近なところで学校にナイター設備ができて、スポーツする場所が増えたよね、だったり。グラウンドが人工芝に変わったよね、だったり。そういうところにリーチしたい」
■サッカーの街なのに照明設備少ない
自身のプロサッカー選手としての最終章、故郷のFC町田ゼルビアに移籍した。そこで当時の相馬直樹監督からこんなことを言われた。
「大輔、俺の出身の清水市(現静岡市)はほぼ全校にナイター設備が付いている。町田はサッカーの街と言うけど、ナイター設備は小中学校にいくつ付いているんだ?」
中学校に1カ所だけ、付いていた。
「それでサッカーの街と言えるのか? それを何とかしないと、これからの子供たちは育たない」
政治家への原点だった。
「相馬さんに言われていて、私が議員になってすぐに静岡市に視察に行きましたね。90%以上、130小中学校のうち120校とナイター設備が付いていた。そういう環境面も整えながら、身近なスポーツを広げていかなければいけないと考えています」
中学時代にFC町田でヨーロッパへ遠征したことも大きい。多感な時期に欧州の総合型地域スポーツクラブに触れた経験は、今の考えに生かされている。子どもから高齢者まで、身近な地域でスポーツに親しみ、それが生活に潤いを与えてくれる。そんなスポーツが寄り添う社会。かなえたい夢である。
■「サッカー選手の方がつらかった」
サッカー選手のセカンドキャリアとして、政治の道に進む人はいる。知るところでは、元参議院議員の友近聡朗さん(愛媛FC所属)、さいたま市議会議員の都築龍太さん(ガンバ大阪、浦和レッズ所属)、大分市議会議員の高松大樹さん(大分トリニータ、FC東京所属)、山口市議の鳥養(とりかい)祐矢さん(FC琉球、レノファ山口など所属)がいる。
「Jリーガーの経験が政治に生きていることって、ありますか?」
そう問うと、星さんは自らの経験を語り出した。
「所属する自民党が良く思われていない時は、駅に立っていてもがんがん文句を言われましたね。支援者の方からも強く言われたり。それを見ていた方から『サッカー選手から議員になって、つらいでしょ?』って言われるんですけど、『いやいや、サッカー選手の方がつらいですよ』って。ケガもあれば、試合に出られず、戦力外通告もあって、だから、サッカー選手も経験しているので、その時よりつらいってことは、あまり感じないですね。やりがいしかないです」
さらにこう続けた。
「(選手として)絶望感がある時もあって、それを乗り越えて来たという自負もあります。その時はつらかったなと思うと、何でも乗り越えられますし、つらくてもそれを続けていれば困難はなくなっていくし、次の明るい未来が見えてくる。あきらめないで続けることの大切さはサッカーで学んだことです」
■スポーツ新航海時代の水先案内人
スポーツに育てられたという自負がある。だからこそスポーツを通じて社会に恩返しをしたい。さらには2児の父でもあり、「教育」は身近なテーマだ。
働き方、少子化、そもそも未来の学校の在り方とは? 新たなスポーツ航海時代を迎え、部活動が地域社会と融合していくのは理にかなったものだろう。
海図もコンパスもない昔、航海士にとっては、夜空に輝く星が目指すべき道を示すものだった。
まだ見ぬ島へ-。星さんのような元アスリートの社会リーダーたちが、日本スポーツ界の行き先を示す「コンパス」となる。
【佐藤隆志】









