新型コロナウイルス感染拡大の影響で、国内外のサッカーリーグ、代表の国際試合は中断、中止を余儀なくされている。

生のサッカーの醍醐味(だいごみ)が伝えられない中、日刊スポーツでは「マイメモリーズ」と題し、歴史的な一戦から、ふとした場面に至るまで、各担当記者が立ち会った印象的な瞬間を紹介する。

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2006年7月9日、ベルリン五輪スタジアム。W杯ドイツ大会決勝は、イタリアがPK戦の末にフランスを下し、6大会ぶり4度目の優勝を果たした。結果と同時に、フランス代表MFジダンが、イタリア代表DFマテラッツィに頭突きを食らわせて退場した試合としても知られている。

私はあの日、記者席にいた。しかし、延長後半5分のあの場面は見逃した。気付くとマテラッツィがピッチに倒れ、ジダンがレッドカードを提示されていた。相手の暴言に怒りを抑えきれず、34歳の名手は挑発のわなにはまっていた。なぜ私は大事な場面を見逃したか。プレーが途切れ、イタリアのゴールキックを待つ場面。ボールから目を切って、メモを取るノートに視線を落としていた。隣にいた後輩記者も見ていなかった。周囲に聞くと、リアルタイムで目視できていた記者は1人だけだった。まさかの行為は、記者席のモニターに映されたリプレーで確認した。

チームを優勝に導けず、ジダンは退場したにもかかわらず、大会MVPに相当するゴールデンボール賞を獲得した。これにも理由がある。

試合前、決勝を取材する記者にMVPを決める投票用紙が配られた。投票に参加できる権利を得て胸が躍った。イタリアは決勝までオウンゴールによる1失点のみ。DFカンナバロ主将が完璧な守備を見せていた。一方のフランスは、決勝トーナメントに入ってからジダンが全盛期を思わせる切れ味鋭いプレーを見せてチームを引っ張っていた。イタリアが優勝すればカンナバロ、フランスならジダンに投票しようと決めた。

投票の締め切りは、試合終了後15分までだったと記憶している。ハーフタイムに係員が用紙を回収しに来た。多くの外国人記者が手渡している様子を記者席で目撃した。結果を待たずに投票した人が多かったことが、ジダンMVPにつながったとみられる。私は結果を待とうと、ハーフタイムでは提出しなかった。

ところが、試合は延長に入り、ジダンの退場によって現場は混乱。試合を終えるとセレモニーや取材やらで、私は投票のことをすっかり忘れてしまった。

投票結果は1位ジダン、2位カンナバロ。僅差だった。カンナバロのプレーは素晴らしかった。誠実な人柄も好きだった。私の1票で順位がひっくり返るわけでないが、この試合に触れるたび、「カンナバロに申し訳ないことをした」との思いが今も湧き上がってくる。【佐々木一郎】