新型コロナウイルス感染拡大の影響で、国内外のサッカーリーグ、代表の国際試合は中断、中止を余儀なくされている。 生のサッカーの醍醐味(だいごみ)が伝えられない中、日刊スポーツでは「マイメモリーズ」と題し、歴史的な一戦から、ふとした場面に至るまで、各担当記者が立ち会った印象的な瞬間を紹介する。

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「澤さん、1つ確認してもいいですか? 結婚しましたか?」

12年2月27日、私はなでしこジャパンのMF澤穂希に問いかけたことがある。

国際親善大会アルガルベ杯(ポルトガル)出場に向けた移動中。乗り継いだドイツ・フランクフルト空港だった。ポルトガル行きの出発搭乗口近く。選手たちとソファに座り、ちょっと疲れた表情で、ふくらはぎをさする澤に、左後方から話しかけたと記憶している。突然の声かけに驚きの表情を見せ、少しだけ体を遠ざけられた。

「えっ!? 何、急に?」

「指輪をしているので…」

その約14時間前の成田空港。笑顔で赤いパスポートを持つ左手薬指に、指輪が輝いていることを見てしまった。11年に女子W杯ドイツ大会初優勝を導き、国民栄誉賞もバロンドールも獲得したヒロインの結婚。1面は間違いない。

どう本人に確認しようか。もし認めたら相手は誰なんだろうか。どのように記事にしようか。考えれば考えるほど、仮眠すらできなかった。機内で見た映画も、まったく頭に入らなかった。

1対1で話ができるチャンスを待って、思い切って突撃した先には、ちょっと天然な答えが返ってきた。

「これ、かわいいでしょ。カルティエさんのなんだ。私のお気に入り」

「でも左手の薬指にするのって、婚約か結婚だし…。誤解されるかも」

「えっっ、マジ。そうか~、ぜんぜん気にしてなかったあ。なんだか最近やせたからか、右の薬指だとちょっと緩くて。こっちが、ぴったりだったから」

「じゃあ、結婚ではない?」

「そんなわけ、ないじゃん。まじ、うける」

苦笑いする私を横目に、あきれた表情の澤。左手から指輪を取り、右手に付け替えた後ろ姿を見送りながら、全身の力が抜けた。ポルトガル行きの機内は爆睡だった。

同年7月27日、ロンドン・オリンピック(五輪)期間中。練習後に「澤さん、ネイル見せてもらっても良いですか?」と直談判した。「いいよ~。なんか結婚会見みたいじゃん」と笑う澤。ちょうど5カ月前の会話を、覚えていたのだろうか…。

15年8月8日、澤は結婚を発表した。病気やケガなどの悩みを、相談していた友人が相手だが、イベント参加中に指輪について質問した記者らに「男性からのプレゼントではありません」と答えた。自分の気持ちを高めるためのアイテムだった。

今月から放送されている、夫と共演のテレビCMを見て、ドイツでの1場面が頭に浮かんだ。最近、他メディアにもママとして登場する澤の姿。私が誤解したカルティエ社の指輪が、今も右手にキラリ。【鎌田直秀】