昨年7月の陸上世界選手権(米オレゴン州)男子100メートルで日本人初の決勝進出を遂げたサニブラウン・ハキーム(23=タンブルウィードTC)が、ニッカンスポーツ・コムで次世代のスプリンターへ提言してきた5回連載の最終回は、女子の競技力向上や陸上界全体の盛り上げ案に関して。【取材・構成=木下淳】

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サニブラウンは「陸上人気を、いかに高めていくか」を最後のテーマにした。

「やっぱり、男子だけではなく、女子の短距離も盛り上がるといいですよね。正直、女子は男子以上に走りのテクニックなど改善の余地があると思います。日本の選手と比べて海外の女子選手の違いは何か。個人的には『スプリントの仕方を知っているか知っていないか』が理由の1つだと考えます。中国の話ですが、男子は蘇炳添(そ・へいてん)が(アジア記録の)9秒83(21年)で走りました。指導者を何人も米国へ留学させたり、ナショナルチーム単位の大人数で強化を図っている印象。女子も、米国からコーチを招いて本格的な練習をしているそうです。それだけでも差になって表れますよね。ポテンシャルは女子もみんな持っているんです。これまで『もったいない』と何度も言ってきましたが、女子が一番もったいないです。もっともっと速くなれます。その手段を知るために、女子にもどんどん海外へ出てほしいと思っています」

世界選手権は今年8月のブダペスト大会、24年のパリ五輪、そして25年には34年ぶりの首都開催となる世界陸上東京大会(国立競技場)とビッグイベントが続く。

今年の国立には、サッカーの日本-ブラジル戦やパリサンジェルマン-川崎フロンターレ、ラグビーの日本-ニュージーランド戦に6万人超が詰めかけた。一方で心配だ。

「東京五輪は無観客で寂しかったです。今は有観客ですけど、たぶん、このままだと再来年の世界陸上、国立競技場にお客さんが来てくれないんじゃないかなと。見に来たい、応援したいと思うアスリートにならないと。そして、僕らだけでなく関係者の方々と今から盛り上げる策を一緒に考えないと」

競技の特性上、難しい面もある。

「他のスポーツに比べ、競技の合間にショーアップとかしづらいんですよね。でも、最初からお祭り騒ぎはできないかもしれないですけど、もっとエンターテインメント性がある大会とかあってもいい。少しずつ小さいところから変えていくしかないんですが、レースの間に音楽を流したり、マスコットキャラクターを登場させたりしている今以上に。感覚としては、何かできるんじゃないかなと」

さらに「今はなくなってしまったんですけど」と前置きした上で、続けた。

「昔の世界大会って、例えば(ウサイン・)ボルトがレース前にジャージーを着た状態でトラックに入ってきて、後ろに籠を持ったボランティアの子たちが付いて、ボルトと軽く触れ合えたんですよね。サッカーの入場(エスコートキッズ)と同じで、その一瞬だけでも人生って変わると思うんですよね。世界一の選手とハイタッチしたり、質問したり。そういう機会を、あくまで個人的な意見ですが日本選手権でやってみたら面白いかもしれないし、子供たちを元気づけられるし、もっともっと人を呼び込めるし。もちろん自分も協力しますし、結果でも期待に応えるつもりですし」

本場米国では、小規模な交流が頻繁にあるという。

「スピードクリニックやランニング教室のような、陸上選手がイベントを主催して、その中でレースをして勝った選手と話す機会を設けたり、子供たちのためにコミュニケーションを取ったりします。僕も昨年、福岡と大阪で子供たち向けのイベントを開催させていただきました。その中で今後の理想は、米国に選手を送り込むとか経験してもらうことですけど、急には無理なので。でも可能な限り触れ合うチャンスを与えてあげるのも、自分たちアスリートの責務なのかなと思いますね。その意味でも、自分の大会を作るという夢へ、今年から本格的に動きたいと思っています」

言葉通り、オフの一時帰国中には地元の福岡、大阪や東京で子供たちと触れ合った。

「小学生、中学生でしたが、子供たちとのイベントはマジで感動しましたね。自分に会いに来てくれることもそうですが、走ること、速くなりたいことにすごくモチベーションを感じている子が多くて。本当に楽しかったです。実は自分、小さいころは陸上が嫌いだったんですよ(笑い)。でも、今の子供たちはものすごく熱心に陸上をやっていて、すごい。質問もめちゃくちゃ真面目でしたし、小学生とは思えないような睡眠に関する質問とかあったりして。ちゃんと答えないといけない。こっちも真剣になりました。あのような次世代のスプリンターがどんどん増えてくれば、スポーツも発展するんだろうなと。ぶっちゃけ、小学生に陸上だけに専念させるの、無理ですよ。とにかく遊んでくれればいい年代。いろいろなスポーツを試してもらって、スポーツ自体を好きになってもらって、最後に陸上を選んでくれたらうれしいですよね」

今季レースの出場プランは未定だが、国内では6月1~4日に日本選手権(大阪・ヤンマースタジアム長居)が行われる。

「例えば小学生たちを無料招待したり、少しでも『陸上やりたいな』と思ってもらえる企画もあればいいんじゃないかな。とても大事です。そして来てくれたなら、やっぱり見てもらいたいのは100メートル。分かりやすいじゃないですか。誰が1番にゴールするのか、そのタイムも出て。シンプルに最速を競う種目でポテンシャルあると思うんですよ。世界では100メートルの人気が陸上界全体を盛り上げている。日本を、もっともっと盛り上げていきたい。今回、いろいろ話をさせてもらいましたけど、言ったからには、しっかり自分も結果を出します。今年も応援よろしくお願いします」

(おわり)

◆サニブラウン・ハキーム 1999年(平11)3月6日、福岡県生まれ。ガーナ人の父と日本人の母の間に生まれ、小学校3年で陸上を始める。15年世界選手権北京大会の200メートルに世界最年少の16歳で出て準決勝進出。東京・城西高を卒業後、オランダ修行をへて17年秋に米フロリダ大へ進学。19年5月に9秒99、同6月に9秒97を記録した。20年7月に休学し、現在の所属に。21年東京五輪は腰のヘルニア等で200メートル予選敗退。190センチ、83キロ。血液型O。