来年の平昌五輪で連覇を狙う羽生結弦(22=ANA)が、衣装にも自身のこだわりを詰め込んでいた。今季フリープログラム「SEIMEI」の衣装は、陰陽師(おんみょうじ)安倍晴明にちなみ、平安時代に公家が着用した和服を模している。担当の衣装デザイナー伊藤聡美さん(29)によれば「羽生さんがデザイナーで、私はアシスタント」。今回初めて、制作の裏側が明らかになった。

 グランプリシリーズ第1戦ロシア杯を終えた羽生は今、拠点のカナダで練習を積んでいる。一方、「SEIMEI」の衣装は、東京都内の伊藤さんのアトリエに戻ってきた。「羽生さんは、シーズンが入ってからも細かな修正をされるので」と伊藤さん。これを見越して、直しやすい仕立てになっている。「多分、この子(衣装)の直しは今回が最後だと思いますが…」。11月10日開幕のNHK杯へ向け、作業が続く。

 伊藤さんが羽生の衣装を担当したのは、14-15年シーズンから。当初は予備の衣装を依頼されていたが「中国杯であの事故(閻涵と激突)が起こって。当日夜に『今すぐ作ってくれないか』と連絡がありました」。衣装が血で染まり、2週間後の次戦までに新調する必要があった。伊藤さんがデザインし、急ピッチで間に合わせた。

 あれ以来、ともに戦ってきた。伊藤さんは「羽生さんがデザイナーで、私はアシスタントです」と話す。例年、6月に体の各部を採寸する。数値は極秘。8月に納品する。色や素材、イメージはすべて羽生が決めてきた。

 「SEIMEI」には、羽生のこだわりが詰まっている。15年初夏、映画「陰陽師」で主役を務めた野村萬斎氏の画像と要望が届いた。リクエストは、模様の入った白地、黄緑色と紫色、陰陽師の象徴である「五芒星」(星形)を入れること。最も苦戦したのは、平安時代の和装「狩衣」(かりぎぬ)の形に似せることだった。フィギュアの衣装に使用される伸縮性ある素材は、ハリのある絹の感じを出すのは難しい。5度も仮縫いを繰り返し、ゆったりとした狩衣に近い形に仕上がった。

 2季前にも使った曲のため、今季の衣装も基本形は同じだが色にこだわりがある。着物が重なったようにみえる襟元は外側から紫、金、緑、白。この順番も羽生の指定という。胸元の紫はメッシュ素材を用いるなど850グラム弱と軽く、ラインストーン(宝石に似せた飾り)は3000個にもなった。初戦のオータム・クラシックで2位に終わったことから「気分を変えたい」(羽生)と襟や袖の緑、紫の色を明るいものから渋い色に変更した。模様部分に使用していた石は銀に見えたため、黒に変えた。背中の五芒星は金と銀を用意したが「やっぱり金でした」(伊藤さん)。「金」を目指す戦いは、リンクでもアトリエでも続いている。【取材・構成=高場泉穂】

 ◆伊藤聡美(いとう・さとみ)1988年(昭63)5月31日、千葉県生まれ。高校卒業後、服飾専門学校のエスモードジャポンに入学。08年神戸ファッションコンテストで特選を受賞し、英ノッティンガム芸術大へ留学。帰国後、チャコット社でフィギュアスケート衣装に携わるようになり、15年に独立。

 ◆中国杯の衝突 14年11月8日、グランプリ(GP)シリーズ初戦、中国杯のフリー直前の6分間練習で、中国の閻涵(えんかん)と互いにスピードを出した状態で激突。頭部から流血したが、約15分後に頭に包帯を巻いて演技を強行し、2位に入った。精密検査では頭部挫創、左太もも挫傷など計5カ所のケガで全治2~3週間と診断されたが、2週間後のNHK杯に出場。

今季のSEIMEI衣装と伊藤聡美さん
今季のSEIMEI衣装と伊藤聡美さん
伊藤聡美さんが描いた今季の「SEIMEI」のデザイン画
伊藤聡美さんが描いた今季の「SEIMEI」のデザイン画
伊藤さんが描いた15-16年シーズンの「SEIMEI」のデザイン画
伊藤さんが描いた15-16年シーズンの「SEIMEI」のデザイン画
15年夏、仮縫い初期の資料。「スムーズに着脱できるようにしてほしい」など修正点が記されている
15年夏、仮縫い初期の資料。「スムーズに着脱できるようにしてほしい」など修正点が記されている
15年12月、GPファイナルの男子フリーで演技する羽生
15年12月、GPファイナルの男子フリーで演技する羽生