ちょうちんと芸術センスが、名ジョッキーを生んだ-。変幻自在な騎乗で知られる競馬騎手田辺裕信(31)は福島県の古き城下町、二本松市出身。家族、友人を訪ねていくと、同市独特の歴史と文化に秘密が隠されていた。

14年2月23日、コパノリッキーでフェブラリーSを制し喜ぶ田辺裕信騎手
14年2月23日、コパノリッキーでフェブラリーSを制し喜ぶ田辺裕信騎手

 田辺と記者は実は二本松一中の同級生だ。中3の秋「田辺が競馬学校に受かった!」と学校中が大騒ぎになったのを今でも覚えている。あれから約16年。現在、全国リーディング9位(5月17日現在)。騎乗依頼もひっきりなしに来ると聞く。トップジョッキーとなった田辺のルーツを探るため、まずは二本松駅近くにある実家のご両親を訪ねた。まず出てきたのは「祭り」の話だった。

 父敏勝さん(60) とにかくお祭りが大好きで。太鼓を買ってあげて、小さい頃からたたいていたから半端じゃなく上手なのよ。

 祭りとは、江戸時代から約350年続く郷土行事「二本松提灯祭り」のこと。市内7町の太鼓台に約300個のちょうちんが飾られ、秋の夜空を照らす幻想的な祭りだ。「タンタ、タンタ、タンタタン」のリズムを打つ「しゃぎり」というはやしが特徴。各町に代々伝わる無数の祭りばやしも聞き応えがある。毎年10月4、5、6日前後に行われ、外に出た人たちも故郷に帰ってくる一大イベントだ。男の子なら、幼い頃からちょうちんで彩られた太鼓台に乗るのを夢見る。通常、小3から祭りに参加し、太鼓をたたくことができるが、田辺は我慢しきれずその前に、自ら太鼓台を作ってしまったという。

 母夏江さん(59) 乳母車を改造して太鼓を乗せて「ミニ太鼓台」をつくるわけ。最初は段ボールにちょうちんの絵を描いて付けていたけど、次は木材でやぐらを作ったり。どんどんグレードアップしていって。

 この手作り太鼓台で一緒に遊んでいた小、中の同級生加藤大史さんに聞くと「確かにあいつは学年で(太鼓をたたくのが)一番うまかった。センスがあった」と教えてくれた。中3の秋、競馬学校の1次試験日は祭りの翌日の10月7日だった。誰もが認める「祭り大好き男」は、祭りへの参加をやめ、試験勉強に集中した。「提灯祭り」は二本松の男が、仕事、家庭を犠牲にしても命をかけて守るもの。祭りにかけていたエネルギーをそのまま競馬にぶつけたからこそ、今の成功につながったんじゃないだろうか。

11年アンタレスSで重賞初V
11年アンタレスSで重賞初V
14年、コパノリッキーでフェブラリーSを制しG1初V
14年、コパノリッキーでフェブラリーSを制しG1初V
14年、七夕賞で故郷福島の重賞V
14年、七夕賞で故郷福島の重賞V

 「こんなのも残してあるのよ」と夏江さんが見せてくれたのが小学校の図工の時間に作った「提灯祭り」をモチーフにした箱。箱を開けると、ちょうちんが付いた「スギナリ」が飛び出す仕組みで、太鼓台を細部まで紙と絵で表現してある。小学生が作ったとは思えない高いクオリティーに正直びっくりした。

 敏勝さん あいつは、絵も上手で、小学生の時に祭りの絵を描いて、賞を取ったこともあった。海外に出品されて戻ってこないんだけど。見ている人が細かく描いてある、すごい絵だったよ。

田辺が作った箱。本町の太鼓台の全景、旗が色紙で表現されている
田辺が作った箱。本町の太鼓台の全景、旗が色紙で表現されている
開けるとちょうちんの付いた「スギナリ」が飛び出す仕組み
開けるとちょうちんの付いた「スギナリ」が飛び出す仕組み

 田辺の祖父勝利さんは大工だったという。手先の器用さはそこから受け継いだのか。思えば、二本松は芸術の町でもある。明治時代から大正時代にかけ、当時女では珍しい画家を目指し上京した高村智恵子。昭和にかけ日展で活躍した木彫家橋本高昇。現在では日本画家の大山忠作。多くの芸術家を輩出してきた。音楽でも、伝説のパンクロッカー遠藤ミチロウがいる。城下町で坂が多く、絵になる風景がたくさんある。精緻な調度が魅力の二本松箪笥(たんす)を売る家具ストリートもある。

 私も芸術の学校に進んだし、二本松市の知り合いには音楽、文筆、写真、デザインと文化系の道を進んでいる人が確かに多い。前に田辺に競馬で心がけていることを聞いた時、「人と同じことしちゃダメ。やっぱり目立たないと」と話していた。後輩の競馬記者柏山自夢にいわせれば田辺は「型にとらわれない騎乗をする『美浦の魔術師』」だそうだ。祭りで培われたリズム感。風土の影響を受けた自由な精神。二本松の土地が知らずと、変幻自在のジョッキーを生んだと納得して故郷を後にした。【高場泉穂】

福島県二本松市
福島県二本松市

 ◆二本松市 福島県中通り地区にある元二本松藩の城下町。05年に安達、岩代、東和町と合併。総面積は344・60平方キロメートル。人口5万7376人。(15年5月1日現在)主な特産は日本酒、和菓子。主な出身有名人に歴史学者の朝河貫一、「智恵子抄」で知られる高村智恵子、ミュージシャンの遠藤ミチロウら。