「たんぼラグビー」って知っていますか? 老若男女誰もが楽しめる、そのスポーツ。2018年6月17日、京都市伏見区の向島地区で初開催となった「たんぼラグビーin京都・向島」にお邪魔した。

たんぼラグビーの開会式に集った選手たち(撮影・松本航)(2018年6月17日)
たんぼラグビーの開会式に集った選手たち(撮影・松本航)(2018年6月17日)

 大勢の外国人観光客でにぎわうJR京都駅から、近鉄京都線で約15分。近くまでたどり着くと、こんがり日焼けした〝おっちゃん〟たちが、タオル片手に「たんぼはあっちです」「お車は…」と案内してくれた。のどかな一帯と対照的な盛況ぶり。後から聞くと、その数は参加32チームの266人。さらに家族、地域住民らを含めると500~600人が集っていた。

 午前10時、開会式。小さな子ども、ゴリゴリのラガーマン、おそろいのカツラでそろえた〝美女軍団〟、常にハイテンションの〝おっちゃん〟…。バラエティーに富みすぎた面々が、田植え3日前という「沼」のような場所に並んだ。

 続いてはラジオ体操。号令をかけるのは、救護班でもある地元「むかいじま病院」のスタッフだ。見どころは終盤のジャンプ。おなじみの「♪~開いて、閉じて、開いて、閉じて」と音声が流れるが、その場は大爆笑だ。膝近くまで泥に埋まったことにより、誰1人としてジャンプができない。私も含め、見ている者も思わず笑ってしまった。

初体験のたんぼラグビーを楽しむ近鉄の寺田桂太(中央)と南藤辰馬(右から2人目)(撮影・松本航)(2018年6月17日)
初体験のたんぼラグビーを楽しむ近鉄の寺田桂太(中央)と南藤辰馬(右から2人目)(撮影・松本航)(2018年6月17日)

 待ちに待った競技開始! の前には、ルール説明を兼ねたエキシビションマッチがあった。司会が「伏見区が生んだトップリーガーの…」と説明する。すると、ともに地元の伏見工、帝京大と進み、現在は近鉄ライナーズでプレーするWTB南藤辰馬(27)、ロック寺田桂太(23)がたんぼに足を踏み入れた。

 巧みなボールさばきに全員が目を輝かす一方、沼のような足元では「大活躍」ともいかない。大役を終えた南藤は開口一番、「足が思い切り沈んで、全然動かない」と苦笑いした。前日16日、近鉄は福岡で宗像サニックスとの練習試合。この日はオフで、休日返上での参加だった。それでも南藤は「ほら、あそこ、近鉄走っているでしょう」と近くの線路を指さしながら、さわやかに言い切った。

 「ラグビーが初めての人もできる、こういう普及はすごくいい。僕たちも地域密着のチーム。できる限り、こういう活動に参加したいと思っています」

試合を終えた両チームは互いにねぎらい合う(撮影・松本航)(2018年6月17日)
試合を終えた両チームは互いにねぎらい合う(撮影・松本航)(2018年6月17日)

 今度こそ、試合が始まった。原則として1チーム4人、試合は5分間。タックルの代わりにタッチを用いる。だが、「たんぼラグビーのきまり」には「両チームとレフェリーで話し合って、試合時間やタッチの回数、人数等を決めてね」とある。ラグビー経験者のチームは4人、未経験者は5人と数違いで試合をするシーンもあった。トライは1点だが「ダイビングトライ」はなんと2点。もちろん参加者全員が泥だらけだ。

 小学生のラグビーチーム「アウル洛南ジュニア」の選手に感想を聞いてみた。すると、あっという間に人だかりとなり、小学2~3年の男の子たちは次々と「飾らない」意見をくれた。

 「気持ちいい」「目痛い」「泥が楽しい」「足が埋まる」「カエルおった」「普段のラグビーの方がおもしろい」「大人とやれて楽しい」「優勝したい」

たんぼに寝そべり、泥だらけになる子どもたち(撮影・松本航)(2018年6月17日)
たんぼに寝そべり、泥だらけになる子どもたち(撮影・松本航)(2018年6月17日)

 コートの脇では地元の新鮮なナス、トマト、キュウリなどを奪い合う「たんぼYASAIフラッグ」を同時開催。さらには、この日ラグビーを楽しんだ場所で秋に行われる「稲刈り体験」の予約コーナーもあった。ファンファーレなど演奏は地元の向島中、参加者へのインタビューは京都すばる高の生徒が担当。実行委員会の約20人は、1年前から1回約2時間のミーティングを10回も重ねてきたという。そんな労力が、みんなの笑顔に変わった。

 そこには泥だらけの長手信行さん(50)もいた。肩書は「たんぼラグビー実行委員会事務局」で「たんぼラグビー」の発案者だ。ひらめいたのは、2015年の年明け。幼少期を奈良・橿原市で過ごした長手さんは、野球少年だった。その遊び場は稲刈りを終えた秋から冬にかけての「たんぼ」。小1も、小6も関係なく「5回の空振りで三振な!」などと独自ルールを作りながら友情を育んだ。

 「たんぼでラグビーとか、できませんかね?」

 そんな率直な興味を、京都府の北西に位置する福知山市在住の教員、外賀誠さんに何げなく話した時だった。「おもろそうやんけ」と手をたたいた外賀さんはすぐに、とある地主へと相談。とんとん拍子で話は進み、わずか4カ月後の2015年5月17日、世界初? の「たんぼラグビー」が福知山市で開催された。

 会場となった同市の戸田地区は、2013年9月の台風18号によって、近くの由良川が氾濫。甚大な被害を受けた地域だった。当日、集った参加者は地主をはじめ、地元住民から「よお来てくれた!」と歓迎された。そこには屈強なラガーマンたちもちらほら…。なんとトップリーグに所属するクボタスピアーズの選手たちだった。長手さんは笑って振り返る。

たんぼラグビーin京都・向島が行われた会場(撮影・松本航)(2018年6月17日)
たんぼラグビーin京都・向島が行われた会場(撮影・松本航)(2018年6月17日)

 「たんぼラグビーということで『農機といえばクボタやなあ』という話をしていたら、その話を知人が、チーム関係者に伝えてくれたんです。おこがましく考えていたのは『参加賞になるようなグッズとかがあれば、盛り上がるな…』とか。クボタさんがそこで『協力します。選手を派遣しますよ』と言ってくれたのには、本当に驚きました」

 クボタの活動拠点は千葉県船橋市。だが、選手たちは今もなお、全国各地の「たんぼラグビー」へ時間が許す限り参加している。長手さんらの尽力により、福知山で産声を上げた「たんぼラグビー」は現在、北は群馬、南は大分まで10カ所以上で開催。ノウハウは惜しみなく提供し、それぞれの土地の特色を出しながら、ラグビーの普及や地域活性化に貢献している。長手さんは「たんぼラグビー」の魅力をこう表現する。

女性の選手も豪快にダイビングトライを決める(撮影・松本航)(2018年6月17日)
女性の選手も豪快にダイビングトライを決める(撮影・松本航)(2018年6月17日)

 「ラグビーをやったことがない人にとっても、すごく簡単にできるスポーツです。枠にゴールを決める技術は必要なく、走って、ボールを置けばいい。ラグビーなので、試合が終わればみんなでたたえ合うのも、すごくいいことだと思います。『たんぼ』だと大人も、子どもになれるんです。普段は仕事が大変でも、子どもと一緒にバカなことをやって、どろんこになりながら楽しめる。今後はこれ以上(イベント)規模を大きくすると、参加者が楽しめないと思っています。だからもっともっと広げて、(開催する)数を増やしていきたいですね」

 2019年のW杯日本大会に向け、ラグビー熱は徐々に高まっていくことが予想される。一方で、将来のために同時進行が求められるのは普及。泥まみれの笑顔を見ながら、手作り感満載な「たんぼラグビー」の大きな価値をかみしめた。【松本航】


 ◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫・宝塚市生まれ。兵庫・武庫荘総合高、大体大とラグビー部に所属。13年10月に大阪本社へ入社し、プロ野球阪神担当。15年11月から西日本のラグビーや五輪競技を担当し、18年平昌五輪では主にフィギュアスケートとショートトラックを取材。