陸上競技の新しい魅力を知る1日になった。

8月20日、大阪・ヤンマーフィールド長居で開催された「ミドルディスタンス・サーキット大阪大会」。中距離の発展を願って新設された大会で、東京五輪女子1500メートル8位入賞の田中希実(21=豊田自動織機TC)が、1000メートルの日本新記録を打ち立てた。

田中の快走は言わずもがな、強く印象に残ったのは「エリミネーションマイル」というレースだった。ルールは簡単。400メートルのトラックを4周(計1600メートル)走る。だが、1周ごとに最下位が脱落するのだ。

そんなレースに名を連ねたのが、日本トップクラスの選手だった。一例は男子2組目に登場した坂東悠汰(24=富士通)。つい2週間ほど前、東京五輪男子5000メートルを走っていた。

きっかけはたわいもない会話だったという。今回のシリーズの仕掛け人は12年ロンドン五輪男子800メートル日本代表の横田真人氏(33)。東京五輪前、女子1万メートル代表の新谷仁美(33=積水化学)らを指導する横田氏は、合宿地で坂東と一緒になった。食事中に「出てよ」と打診。坂東は「いいっすよ」と返事し、オリンピアンの出場が決まった。

迎えた「エリミネーションマイル」の1周目。坂東はいきなり脱落の危機に陥った。何とか最下位を回避して2周目に突入すると、今度は全体のペースが一気に落ちた。違和感があったが、少し考えれば、予想される展開だと気づいた。

次のハードルは、2周目終了時点で最下位にならないこととなる。そうして1周目、2周目、3周目の終了時点で1人ずつが脱落。最終4周目に残ったのは、坂東を含めた3人だった。

ペースを上げるタイミング、4周トータルでの体力…。その駆け引きが面白い。坂東のように5000メートルや1万メートルが主戦場の選手、800メートルや1500メートルを軸とする選手らが、一堂に会する。最終的に優勝をつかんだ坂東は「本当にしんどかったです」と本音を口にしながら、楽しんでいた。

雰囲気は“運動会”という表現がしっくりときた。

大会を盛り上げるために演技を披露した大阪・箕面自由学園高チアリーダー部が、ポンポンを手に応援。トラックレベルでプレミアム観戦券(自由席の大人1000円に500円をプラス)を手にした観客、選手仲間がタオルを振った。フィニッシュ時に炎が噴き出し、見ている方も楽しい。

中距離は世界との差が大きく、短距離やマラソンなど長距離に比べて、注目度が高いとは言い切れない。横田氏は感慨深げだった。

「エリミネーションマイルは、日本でやられてこなかったレース。心配していた部分もあったんですが、盛り上がったと思う。エリートのレース前に(選手)全員が集まったんですが『僕らが競技の楽しみを伝えていくためには、僕らが楽しまないと』と伝えました。(楽しそうに走る選手を見て)シンプルに、うれしかったですね」

観客は約800人。第1回の開催で及第点といえるかもしれないが、横田氏は包み隠さずに評価した。

「中距離で田中(希実)さんが世界を切り開いてくださったのは大きい。僕らはチャンスでもあるし、言い訳が一切できないところに立たせてもらった。世界8位の選手が走っても、そんなに人が集まらない。コロナ(の影響)や天気(雨天)もあったけれど、平日でもプロ野球は何万人も呼べる。中距離だけでなく、陸上界全体の課題。(コーチとしても)チームでやっている以上、結果は1丁目1番地。田中さんに追いつけ、追い越せの部分と、自分たちで(中距離の)魅力を作っていく部分。両方を突き詰めたいと思います」

「ミドルディスタンス・サーキット」は今回の大阪大会、9月の福島大会に加え、期間中の記録を申告するバーチャルレースで予選を実施。ワイルドカード(21年日本選手権優勝者、東京五輪出場者)を加えたファイナリストが、10月30日に東京・駒沢オリンピック公園陸上競技場で行われるファイナルステージ(1000メートル)に進む。「エリミネーションマイル」だけでなく、なじみの薄い600メートルなどで出場権を得た選手が集い、最後は1000メートルで決着をつける。男女の優勝賞金はロード種目を除いて国内最高という、100万円に設定されている。

この日、小学生が出場する800メートルのレースが組み込まれていた。ペースメーカーは東京五輪女子1500メートル代表の卜部蘭(26=積水化学)。小学生は体を左右に激しく振りながら、卜部の背中を懸命に追った。横田氏が笑顔で言った。

「子どもの時のヒーローは、ずっとヒーローなんです。コロナ禍で握手したりは難しい。でも一緒に走るのも、子どもたちにはなかなかできない思い出になります。小学生は未来のアスリート。蘭ちゃんには昨日の昼に急きょ(場内の)解説もお願いしましたが、快諾してくれました」

“運動会”だからこそ感じられる、人と人とのつながり。その輪が広がっていってほしい。【松本航】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫・宝塚市生まれ。武庫荘総合高、大体大ではラグビー部に所属。13年10月に日刊スポーツ大阪本社へ入社し、プロ野球阪神担当。15年11月からは西日本の五輪競技やラグビーが中心。18年ピョンチャン(平昌)五輪ではフィギュアスケートとショートトラックを担当。19年はラグビーW杯日本大会、21年東京五輪は札幌開催だったマラソンや競歩などを取材。