質問した記者にその都度正対し、目を合わせて回答する。力強い視線と丁寧な受け答え。153センチと上背があるわけではないが、その存在感は際立っていた。

「この1週間で(会社の研修などで)かなりバタバタしていた。その合間に悪くない練習ができたけど、点の練習が線でつながっていなかった」

「社会人としてより見られることもある。あまり考えすぎてもダメ。今まで以上に自分をしっかり持つ」

9日に熊本県内で行われた陸上の金栗記念。東京オリンピック(五輪)の女子1500メートルで8位入賞した田中希実(22=豊田自動織機)が、今季初の国内レースを終えて報道陣が待つミックスゾーンに姿を現した。今月1日には豊田自動織機の入社式に臨み、社会人としても初陣だった。

記者は4月から一般スポーツで陸上競技などを担当することになり、田中のレースはもちろん、トラックレースを見るのも初めてだった。田中は1500メートルと5000メートルの2種目でエントリーし、選んだ種目は5000メートル。日本人トップの6位で、タイムは15分26秒53だった。自己ベストは14分59秒93。「みんな整っていない、自分も整っていない中で勝てたのは良かった。日本人トップを意識はした」と振り返りつつ、タイムは「遅いと思います」と少し首をひねった。

翌10日には、山口・岩国市の大会に出場するという。冒頭の取材対応時は午後6時過ぎで、翌日午後2時という次のレースまで8時間ほど。「移動は大丈夫なのか」と頭の片隅で思いつつ、約10分間、時間の許す限り各記者の質問に応じていた。

陸上取材は不慣れで、この試合感覚の密度を推し量ることは今の自分にはできないが、雑談を交わした大会運営者は「いつ休んでるんですかね?」と、スケジュールのタイトさに驚きの表情を浮かべていた。父の田中健智コーチによると、田中はその日、熊本県内に宿泊して翌朝に岩国へ出発。岩国の大会では800メートルに出場し、当たり前のように優勝していた。

1000メートル、1500メートル、3000メートルで日本記録を保持する田中は、今季も800メートルから1万メートルまで多くの種目に出場する意向を示している。岩国記念では「自分の中では考えすぎてはダメ。間髪を入れずにレースを入れて、自分を考えさせない方が案外走れたりする」と話していた田中。父は「海外を見据えると、こういうスケジュールでも結果を残せるようにならないといけない」と力を込めた。

田中は1日の入社式で、「世界で活躍する陸上選手」を目標として掲げた。24年パリ五輪まで残り2年。今季は7月に米オレゴンで世界選手権が行われる。田中が目標に向けてどのように歩みを進めるか、できる限り取材をしていきたいと思う。【佐藤礼征】

豊田自動織機の入社会見後に練習する田中(2022年4月1日撮影)
豊田自動織機の入社会見後に練習する田中(2022年4月1日撮影)